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2019/01/17

菅野 直人

「営業時間外なのでスクランブルしません」スイス空軍残業せず!?

領空侵犯する可能性がある航空機が防空識別圏に侵入すると、昼夜を問わず戦闘機が発進するスクランブル(緊急発進)。日本でも航空自衛隊が当たり前のように行っていますが、世界とは広いもので「スクランブルはしますが、業務時間のみです」という空軍が存在します。それも予算不足で飛ばす戦闘機の無い貧乏国の空軍ではなく、なんと中立国最強とも言われるスイス空軍。2020年代には改善されると言われていますが?







エチオピア航空702便ハイジャック事件で『一躍有名になった』スイス空軍

Ethiopian Airlines Boeing 767-300ER Ates-1.jpg
By Aktug Ates – https://www.jetphotos.com/photo/7063697, GFDL 1.2, Link

2014年2月17日、エチオピアのアディスアベバ・ボレ国際空港からイタリアのミラノ・マルペンサ国際空港へ向け飛び立ったエチオピア航空702便(ボーイング767)が、経由地のローマ・フィウミチーノ空港へ向かう途中のスーダン上空でコード7500を発しました。

すなわちハイジャック信号
それも機長がトイレへ行った隙に副操縦士がコックピットのドアをロックし、自ら操縦する旅客機をハイジャックしてエチオピアから他国への政治亡命を図ろうという珍事です。

スイスのジュネーブ上空で旋回しながら自らをエチオピアに当局しない確約を得ようと通信していましたが、特に乗員乗客を傷つける意図が無かったためか、燃料が残り10分になったところであきらめ、ジュネーブ・コアントラン空港へ着陸。
ただちにスイス当局へ逮捕された副操縦士は裁判で実刑判決を受けるものとみられ、2015年3月に裁判所が19年6ヶ月の有罪判決を下したエチオピアへの送還はスイスが拒否しています。

結果的に死傷者の1人も出ること無く終わったハイジャック劇でしたが、問題はハイジャックの起きた時間が深夜であり、ジュネーブへ着陸したのも早朝6時すぎだったこと。
ハイジャック機は通過する各国空軍の戦闘機から監視のため同行されていましたが、スイス領空ではなぜかフランス空軍機が同行していました

なぜスイス領空なのに、スイス空軍は緊急発進を行わなかったのか、ハイジャックそのものよりスイス空軍の同行に大きくスペースを割くメディアが続出したのです。

業務時間は8時-18時、残業無し週休二日制の『ホワイト空軍』!?

なぜこのような事態が発生したのか?
ヨーロッパにある小国ではしばしば自国の防衛を、同盟を結んだ他国に依存していることがあり、今回のテーマとなるスイスもリヒテンシュタインの防衛を担当しています。

しかしいつの頃からは正確には不明ですが、冷戦終結後のスイス空軍は朝8時から夕刻18時までを『業務時間』、月曜から金曜までを『業務日』としており、防空レーダーシステムこそ24時間体制で稼働しているものの、戦闘機によるスクランブル(領空侵犯対処任務)は業務時間内にしか行っていません。

ではその間は誰がスイスの空を守るかというとイタリアやフランスの空軍に委託しているようで、2014年のエチオピア航空ハイジャック事件の際は『残業しないスイス空軍に代わって、フランス空軍が任務を肩代わりした』形となりました。

つまり『週休2日、残業無し』がスイス空軍戦闘機隊のモットーというわけで、仮に日本の民間企業なら「素晴らしいホワイト企業だ!」と賞賛されてしかるべきところですが、さすがに「空軍ってそういう組織でいいんだっけ?」と話題になったのです。

多数のパートタイマーと少数の正規人員によるスイス軍と、観光資源への配慮

そもそもスイス軍といえばその精強さで知られ、第1次世界大戦でも第2次世界大戦でもどちらの勢力にもつかず、どちらが侵入してこようが武力で中立を維持するという『武装中立』で知られた国。
特に第2次世界大戦では厳重な国境警備と有力な空軍力を維持し、実際に「ちょっと間違って」侵入してきた飛行機は枢軸軍機だろうが連合軍機だろうが、遠慮なく戦闘機や高射砲で叩き落とすという『激戦』を繰り広げました。

武装中立とはこのように平和主義どころか『戦う意思あってこそ』なため、スイス軍の盛況さは世界に轟くこととなりましたが、しょせんはアルプスの山奥にある小国です。
徴兵制をとる国民皆兵制度のため、予備役のパートタイマー軍人こそ多いものの正規のフルタイム軍人は少なく、常備軍など陸軍・空軍合わせて4,000人程度(内陸国なので海軍は無い)。

さらに国土が狭く観光資源に経済の多くを依存した国なため、早朝や深夜、観光客が多い休日に派手な爆音を轟かせて戦闘機が緊急発進するのは、好ましくありません。
そのため特に貧乏なわけでもない国としては異例な事に『営業時間外はスクランブル無しで!』とフランスへ任せてしまったわけですが、国の一大事が突発的に起きた時、飛べる戦闘機が無いのはさすがにどうなんだ? と議論を呼びました。

なお、『営業時間内』ならさすがにスクランブル業務を行っており、2016年7月6日にイスラエルのエルアル航空機が『爆弾を仕掛けられた可能性がある』とテロ未遂事件があった時には、朝8時半だったのでF/A-18戦闘機がしっかりスクランブルしました。

2020年代には『ホワイト空軍』も解消予定

そもそも冷戦終結で空軍の仕事もそれほど必要無い、という判断で24時間年中無休体制を解除してしまっていたわけですが、冷戦など関係無く空軍機が必要な時はいつでも起こり得る、という当たり前の事態を受け、ようやく改善の動きが出ています。

2017年からは週末も防空任務をスイス空軍自ら行うことが発表され、2020年には武装した戦闘機2機がいつでもスクランブルできる体制を整える、とされました。
ただ、それはいわゆる「宿直制」のようなもので、市役所や町役場でいつでも婚姻届を受理するようなもの。
少なくとも2021年までは、組織として24時間年中無休体制が整うことは無いとも言われており、スイスの空はまだまだ平和そうです。

ではそれだけ休んでいるのだから、たとえばパイロットの技術などはそれなりなんだろうと思いがちですが、他国との共同演習などではやはりかなり好成績をあげるところが、スイス空軍らしさでしょうか。







菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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