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2018/06/1

菅野 直人

有事用予備役輸送船舶会社『高速マリン・トランスポート』とは

冷戦時代の北方重視とは異なり、2018年現在は南西諸島など離島防衛や、北朝鮮などが発射する弾道ミサイル防衛が中心となっている日本の防衛計画。そのために重要なのは、防衛、あるいは奪還のための部隊を迅速に機動させることであり、飛行機やヘリで運べる軽装備や人員はともかく、重装備は船舶が頼りとなります。しかし自衛隊の輸送能力は十分とは言えず、有事の船舶徴用も困難とあって設立されたのが、国策会社『高速マリン・トランスポート』です。







自衛隊の正規輸送手段はちょっと物足りない

東京湾を南下中の「おおすみ」
By Yokohama1998投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, Link

2018年現在、自衛隊の輸送船舶、それも港湾や沿岸のみで使用可能な支援船を除く外洋航行可能なものとなると、海上自衛隊の『おおすみ』級輸送艦(基準排水量8,900t / 満載排水量13,000t)3隻と、『1号』級輸送艇(同420t / 540t)2隻しかありません。

それに加えて『1号』級LCAC(エアクッション揚陸艇)が6隻ありますが、これは『おおすみ』級へ2隻ずつ搭載されたホバークラフト型揚陸艇で、それ自体に長距離外洋航行能力は無く、あくまで『おおすみ』級とセットでの運用となります。

1961年にアメリカから供与された揚陸艦3隻(初代『おおすみ』級)で始まった海上自衛隊の輸送艦部隊は、かつての自衛隊が周辺諸国へ脅威という印象を与えないための政治的配慮、それによる海外派遣能力を考慮しない整備によって、能力を非常に限定されました。

しかし、現実には沖縄返還時の日本円輸送(ドルからの切り替えが行われたため)や、相次ぐ災害派遣、さらに1990年代以降は海外派遣も加わってフル回転という状況で、見た目はカッコイイ正面戦力より人気は無いものの、補給艦ともども自衛隊に欠かせない戦力となっています。

しかし、大きな役割を担い仕事も増えた割に戦力増強はスローテンポで、護衛艦や潜水艦が増勢される一方、輸送艦は現有戦力の後継計画すらまだ具体的には決まっていないくらいです。
そのため、『いずも』級護衛艦2隻を輸送艦へも転用可能な多用途艦として建造したり(それゆえこの2隻には皆さんも大好きな「空母」をやっているヒマなどありません)、見かねたアメリカから退役したタラワ級強襲揚陸艦を供与する案が出ているほど。

2011年3月の東日本大震災でも、『おおすみ』級の『しもきた』と『くにさき』はドック入り中、『おおすみ』は海外共同訓練のためインドネシアに向かっている最中で、偶然にも海自最大の輸送戦力が全て即応できる体制にありませんでした。

おおすみ』は日本へ引き返し、『くにさき』も災害発生と同時に工事を切り上げて同日深夜には呉のドックから出動しましたが、『しもきた』は4月1日までドックを出られず、図らずも海自の輸送戦力不足を露呈した形となっています。

この3隻が災害派遣に揃ってからの活躍は目覚しかったので、なおさら即応能力の欠如は痛い教訓となりました。

演習時はカーフェリー! しかし有事にも乗せてくれる?

はくおうIMGP1452.JPG
By Bokanmania投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, Link

もうひとつ、海自には痛い教訓があり、それが2016年2月、北朝鮮による弾道ミサイル発射実験でした。

自衛隊は発射された自衛隊が日本へ被害を及ぼしそうな場合、即座にこれを迎撃する破壊命令を受け、海上自衛隊のイージス艦や航空自衛隊のパトリオットSAM(対空ミサイル)部隊が展開します。
ただし、後者についてはミサイルの進路上にある南西諸島の石垣島へ、沖縄本島からのパトリオット部隊の輸送が問題となりました。

防衛省では2014年度以降から新日本フェリーの『はくおう』と津軽海峡フェリーの『ナッチャンWorld』(所属は当時)を年間契約で借り上げ、自衛隊から要請があれば72時間以内に部隊輸送が可能な体制を整えており、この時も契約によりそれが可能だと信じられていたのです。

しかし、肝心の船を動かす乗組員、より具体的に言えば乗組員の所属する『全日本会員組合』が首を縦に振りませんでした。
組合は、防衛省との契約はあくまで演習や災害派遣のためのものであり、有事の際の『戦争協力』はこれに含まれない、と回答したのです。

防衛省ではこの輸送に『はくおう』を予定し、2012年2月に同様のケースでも実績がありましたが、船員組合の方針がその間に変わってしまったようでした。
これではいくら船会社が渋々ながらも納得し、船員へ自衛隊に協力せよと言ったところでうまくいくはずもありません。

結果的に、2016年2月のケースでは定期航路を利用してどうにか間に合いましたが、『有事に民間船舶の協力を要請しても、断られればどうしようもない』という痛い教訓は残りました。

経営の苦しい国内航路、せっかくの輸送船舶がモッタイナイ

その一方、日本の国内航路、それも大量の人員とトラックなどの車両を積載し、高速航行が可能な貨客船が就航する路線の経営状況は良好とは言えません。

一部のドル箱路線を除けば赤字でも公益を重視して何とか維持されている状況で、飛行機や短距離路線、チャーター船などで間に合ってしまう路線は次々と廃止され、そこに割り当てられていた船舶は廃船、あるいは海外に売却されてしまいました。
残る路線と船舶も、経済性を重視してまだ十分使えるのに後継船にその座を譲って係船されながら次の出番を待つなど、『モッタイナイ』状況が続いていたのです。

だからこそ前述の『はくおう』や『ナッチャンWorld』に防衛省が目をつけたわけですが、それとて災害派遣ならば存分に働きますよ、という対応では片手落ち。
いくら演習で部隊輸送してくれても、本番(有事)は無理というならば、何のための演習かわかりません。

しかも、これら民間船舶のうち『はくおう』は、たとえばトラックなら『おおすみ』級が65台しか載せられないところ、122台を積載可能な上に、さらに乗用車80台を載せる余力すらあり、単純に車両輸送能力だけなら『おおすみ』級2隻分の能力があるのです。
おまけに『はくおう』は29.4ノット、『ナッチャンWorld』に至っては36ノットの最高速力を誇り、同22ノットの『おおすみ』級をはるかにしのぎます。

そのような優秀船舶が、商用では経済性の問題から維持できず、自衛隊でも十分に活用できないとは、なんとも『モッタイナイ』話だと思うのが当然です。

高速マリン・トランスポート設立

出典:海と船の情報ポータル

そこで2016年3月、国策会社として『高速マリン・トランスポート株式会社』を設立、同社が『はくおう』(防衛省では「2号船舶」と呼称)と『ナッチャンWorld』(同、「1号船舶」)を買い上げ、防衛省も同社と契約することになりました。
これにより、少なくとも『防衛省からの要請に対して、首を縦に振らない船会社』という制約からは解放され、自衛隊は2隻の『特設輸送艦』を手に入れたことになります。

ただし、『高速マリン・トランスポート株式会社』は登記上防衛関係の大手商社『双日』と同じ場所に存在し、それ自体は問題無いものの、船員は『はくおう』がゆたかシッピング、『ナッチャンWorld』が東洋マリンサービスと、いずれも民間です。

2016年4月に発生した熊本地震では早速この仕組みがうまく機能して『はくおう』による派遣部隊の輸送が円滑に行われましたが、あくまで災害派遣である以上、うまくいって当然でした。

なお、他にも有事の燃料備蓄船として民間タンカーなどを購入する計画があるようで、実現すればこれも高速マリン・トランスポートか、同種の会社が所有することになりそうです。

有事は予備自衛官を招集? どこまで動かせる?

有事にどうするか、については防衛省でも『民間船舶の運航・管理事業 民間事業者選定の客観的評価』(平成28年5月31日)でも有事には予備自衛官が運航し、その養成計画も高速・マリン・トランスポート側で行われるようです。

関連記事:軍事学入門「人員や車両、船舶の徴用など民間への強制や命令は可能か否か?」

見かけ上は「平時は民間船員が、有事には招集された予備自衛官が運航」という形になりますが、両者は基本的に同一のものと考えても良いでしょう。

問題点として、フェリーなど大型民間船舶の運航資格を持つ予備自衛官が8人しかいない(2016年3月当時)などと言われていましたが、むしろ1号船舶(ナッチャンWorld)と2号船舶(はくおう)しか無い状況で、予備自衛官に8人もの有資格者がいたことに驚きです。

もちろん、船は船長だけで動かせるものでは無いので、今後も高速マリン・トランスポートが運航する『特設自衛艦』に割り当てる予備自衛官を継続的に養成・継続していくことが大事になります。

また、この『特設自衛艦』には、船橋など重要部分への防弾など実戦向きの改装も含まれるようで、そうした改装を施した上で維持運航が可能な体制を作れるか、それが民業圧迫にならないかなど、今後配慮し続けなくてはいけない課題も数多く残されていそうです。

菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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