- コラム
自衛隊の一歩手前の軍事力~特殊急襲部隊(SAT)
2018/12/17
菅野 直人
すごいー! たーのしー!
2018/11/9
菅野 直人
戦場は元より、平時に銃器を使用した犯罪やテロが発生した時に出動、たちまち『制圧』してしまう特殊部隊。自衛隊ほど重火器は持たないものの、単なる時間稼ぎではなく積極的行動を取り、自衛隊の装備や人員を要しない、あるいはむしろ必要としないシチュエーションでは自衛隊以上の容赦無い能力発揮も期待される、まさに「自衛隊の一歩手前の軍事力」と言えますが、多くは警察活動を行う組織の所属で、海上保安庁ではSST(特殊警備隊)が該当します。
By en:Ministry of Land, Infrastructure, Transport and Tourism – http://www.mlit.go.jp/photo/photo_pg_000148.html, CC 表示 4.0, Link
日本において『武力行使』の解釈は現行憲法下でまだ明確とは言えませんが、仮に「武装勢力が及ぼす被害から国家や国民を守る」という意味では、それがいかなるレベルであれ積極的に『制圧』を行うのは、武力行使だという考え方もあります。
その意味において、相手が誰であれ拳銃から重火器、対艦ミサイル、戦闘機、戦闘艦(護衛艦)などを保有する自衛隊は確かに最も強力な武力行使が可能な組織ですが、いかなる状況下でも自衛隊が最適とは言えません。
例えば包丁を持った暴徒1人に小銃は過剰装備ですし、拳銃はあっても相手が自国民・他国民を問わず、平時の自衛隊員が使用する権限は無いため、まずはそうした権限を持つ警察組織が対処することに。
それが海上であれば『海の警察力』海上保安庁が対処しますし、通常の海上保安官で身柄を取り押さえるのに骨が折れるような相手、例えば刃物その他で武装した多数の船員、武装した不審船(『敵艦』では無いのに注意)といった相手には、相応の部隊が対処することになります。
それが1985年、日本最大の海上空港着工に先立ち設立された関西空港海上警備隊を母体に持ち、フランスからのプルトニウム輸送(1992年)や地下鉄サリン事件(1995年)の経験を受け、海上で積極的かつより高度な治安維持活動を行う目的で1996年に創設されたのが、SST(特殊警備隊)です。
警視庁や各警察の特殊部隊『SAT』同様、SSTも基本的には存在そのものは明かされているものの、その内実となるとほとんどは極秘であり、時折一部訓練が公開された時の姿から推測するしか無い存在です。
隊員は各巡視船などで経験を積んだ屈強な若手海上保安官から厳選され、単に『海の警察』として活動するだけでなく、必要とあらばあらゆる方法で対象船舶へ潜入、時には強行突入し、抵抗を排除し、閉ざされた扉を破壊してでも対象を『制圧』します。
拳銃や自動小銃など海上保安庁でも一般的な装備のみならず、短機関銃やスタングレネード(閃光手榴弾)など、明らかに狭い船内で場合によっては対象の生死を問わない無力化を想定しており、『取り締まり』というより文字通りの『制圧』が任務。
そのため、巡視船搭載ヘリからの強行降下技術は元より陸上自衛隊のレンジャー訓練、アメリカ海軍の特殊部隊SEALs(シールズ)からの指導も受け、警察活動を行う組織というよりは限りなく軍事色に近い組織です。
『自衛隊の一歩手前の軍事力』には「自衛隊やSATなど特殊部隊が来援するまで時間稼ぎを行う専門部隊」のような消極行動を行う部隊もありますが、SSTは積極行動を前提としており、自衛隊などよりよほど早期に投入されます。
仮にSSTの投入が検討されない事例があるとすれば、いかに積極行動が可能で制圧用の武器も持っているとはいえ、警察的行動では扱いに困る軍艦やSSTの装備で対処困難なよほどの重武装を持つ相手に限られるでしょう。
SSTは通常、前身の基地をそのまま使った第五管区大阪特殊警備基地を本拠として待機しており、命令一下、関西空港海上保安航空基地からサーブ340Bなど海上保安庁の固定翼機で現場近くの航空基地へ移動(もちろん現場によっては最初からヘリ)。
さらにヘリコプターで洋上の巡視船などを経由しつつ海上や港湾の現場に向かいます。
現場では状況や緊急度によっては待機することもありますが、もちろんヘリコプターから直接、制圧を要する現場や船舶へ強行降下することも可能。
場合によっては巡視船や巡視艇で接舷して強行移乗を行ったり、潜水要員が水中から忍び寄って潜入、隠密に制圧開始することも。
SSTが投入されるケースはいくつかあり、代表的なのが海賊やテロリストによるシージャック(船舶乗っ取り)、爆発物を使った海上テロ、一般的な海上保安官では手に余りそうな武装を持つ可能性のある船舶や港湾施設での『制圧』または『爆発物処理』。
その他、相手が多過ぎるなど思い切った制圧力が必要な場面でも投入されるようです。
場合によっては激しい銃撃戦の末にシージャックされた船の奪還を試みねばならないケース、爆発物処理に乗り込んで失敗、船と運命をともにするようなケースもあり、死と隣り合わせの環境へ積極的に突入するという意味では、戦場の自衛官と何ら違いはありません。
突入現場が中継される事も多々あるSATとは異なり、報道の困難な海上で記録映像のみ公開されることも多いSSTの活動実態は、日本の特殊部隊の中でもさらに謎の多い部類です。
1996年に部隊が創設されて以降、北朝鮮の工作船、あるいは国籍不明の不審船の拿捕を海上保安庁が試みる際には、常にいつでも対象船舶に突入、制圧できる体制でSSTが待機していると言われています。
ただし九州南西海域工作船事件(2001年)のように対象が海上保安庁の巡視船と交戦の末、逃げ切れないと悟って自爆沈没してしまうケースもあり、もし無理に突入していれば損害続出、最後は対象船舶と運命をともにしかねないため、なかなか突入の機会は無いようです。
実際に突入したケースとして知られているのは、麻薬取引の疑いで摘発されかけ、逃走した中国漁船を制圧したケース(2008年)や、小笠原諸島周辺の中国漁船大規模サンゴ密漁団(2014年)に対し、抵抗する船員を制圧、船ごと拿捕して連行したケースがあります。
いずれも現場で何が起きたのかが不明ですが、任務の性質上、手を明かすわけにいかないSSTとしては致し方ありません。
サンゴ大密漁団のケースでもわかるように、必要とあらばSSTを投入して強硬な対策を取る海上保安庁ではありますが、いかんせんフネも人手も予算も限られた組織なので、その活動には限界があります。
例えば、日本海で日本の排他的経済水域にある好漁場『大和堆(やまとたい)』には、この冬も北朝鮮の漁船が大量に違法操業して日本の水産資源を荒らしています。
海上保安庁や水産庁の監視取締船が追い掛け回しては放水して対処していますが、数が多すぎて追いつかず、少数精鋭のSSTを投入しても効果は知れているでしょう。
また、尖閣諸島に中国の漁船が現れたらSSTの出番かと思えば、中国もそこは考えて非武装・無抵抗の船を使うでしょうから、SSTのような特殊部隊を持ち込むと何を口実にされて何が起きるかわかりません。
どうも当面は、犯罪組織の非合法取引の中でも武装が強力そうな事案や、マラッカ海峡など海賊多発地域でも活動に留まりそうです。
ヘタに強力なだけに、自衛隊同様「使いどころを考えないと大変なことになるか無駄になるかどちらか」と言えて、使いどころが難しいのですが、頻繁に出動する事案が起きても困る、というあたりが『自衛隊の一歩手前の軍事力』らしいと言えるかもしれません。
物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。
撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。
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