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2018/11/2

菅野 直人

2018年10月の軍事トピック「米トランプ大統領、INF(中距離核戦力)条約破棄を表明」

2018年10月20日、ちょっとばかり衝撃的なニュースが飛び込んできました。アメリカのトランプ大統領が、ロシアによるINF(中距離核戦力)条約に違反した中距離ミサイル開発への対抗策として、同条約の破棄を表明したのです。刻々とエスカレートしているように見える「新冷戦」新たな展開とは。







そもそもINFとは何か?

Reagan and Gorbachev signing.jpg
By White House Photographic Office – National Archives and Records Administration ARC Identifier 198588, courtesy Ronald Reagan Presidential Library:
Source URL: http://www.reagan.utexas.edu/archives/photographs/large/c44071-15a.jpg
Source page: http://www.reagan.utexas.edu/archives/photographs/gorby.html, パブリック・ドメイン, Link

トランプ大統領が表明したINF条約廃棄はかなり衝撃的ニュースとして取り上げられていますが、1980年代から1990年前後の冷戦末期に起きた様々な事態をリアルタイムで記憶していない人々にとっては、少々ピンとこない話かもしれません。
そこでまず「INF条約とはそもそも何?」という話なのですが、ザックリと言えば当時のアメリカとソ連という東西2大国の間で、東西ヨーロッパにおける中距離核戦力を廃棄しようと、1988年に両国の間で批准された条約です。

正式には『中距離核戦力(Intermediate-range Nuclear Forces)全廃条約』略してINF条約と呼ばれていますが、対象となる兵器は射程500~5,500kmの地上発射型弾道ミサイルおよび巡航ミサイルで、核弾頭装備型のみならず、通常弾頭装備型も含まれます。

西側で巡航ミサイルの代名詞的存在であり、今でも水上艦や潜水艦から発射される事の多いトマホーク巡航ミサイルも陸上発射型が廃棄されたのはこの時で、核弾頭と通常弾頭を区別していないのは、発射時点でどちらの弾頭かなど区別できないからでしょう。

そもそもはソ連が新型中距離弾道ミサイル『RSD-10』(NATOコードネーム『SS-20』)を開発、危機感を感じたNATO(北大西洋条約機構)が、アメリカに対してSS-20に対抗した核戦力配備を求める一方、両国に核戦力削減を求めたことから始まります。

なぜ軍備増強と削減を同時に求めるのか?不思議に思う人もいるかもしれませんが、理屈としてはキューバ危機の時にキューバに配備されたソ連の核ミサイルと、NATOに配備されたアメリカの核ミサイルを同時に廃止して手打ちにしたのと同じです。

相手と同等の戦力を持つ事で、互いにそれを削減しようというカードにする」わけで、相手より劣る戦力しか持たない陣営では不可能な話も、痛み分けに持ち込んで戦争を抑止する効果があります(もちろん、その過程で外交的失敗を犯せば戦争に至るリスクあり)。

そこでアメリカはパーシングII中距離弾道ミサイルを西欧に配備してしばらくにらみ合った後、米レーガン大統領、ソ連ゴルバチョフ書記長の時代にようやく合意に至ったのでした。
条約はソ連崩壊後にロシアに引き継がれ、現時点でも米露間の条約として機能し、今後も核戦争を抑止する、そのはずだったのですが……

条約違反はどちらが先か? 議論の中心は意外にも弾道ミサイル迎撃技術

それがなぜ、2018年10月20日に米トランプ大統領が条約破棄を表明するに至ったのか?
それぞれ当事者の言い分が明らかになっていますが、どちらも『元はと言えば相手の問題だ』と主張しているので、時系列をたどって順を追ってみます。

まず各国の核戦力についてですが、基本的には米ソ両国が大量の核兵器を持ってにらみ合い、イギリスやフランス、中国も外交的カードや国威発揚のため独自の核武装(これはINF条約対象外)でバランスを取っていたのが冷戦時代の話です。
ソ連崩壊後、旧ソ連の遺産を多く受け継いだロシアは負債もひどく抱え込んでしまったためしばらくは米露対決どころではなく、雪解けムードの中をアメリカ単独超大国時代となりました。

その時代の『核戦争危機』とは、インドとパキスタンのような地域覇権国家同士の限定的なものや、テロリストに悪用されないための管理などに重点を置かれていましたが、気が付くと経済成長著しい中国がアメリカに対抗する独自の核戦力整備を視野に入れてきます。
おまけに北朝鮮までがアメリカ本土を射程に入れる弾道ミサイル開発を始め、ロシアもかつてのソ連ほど『赤い帝国』では無かったものの、超大国としての復活に色気を見せてきました。

アメリカの方も技術の進歩で、昔のように核弾頭を高高度で炸裂、問答無用で弾道ミサイルを無力化するタイプではなく、直撃または近接信管で直接弾道ミサイルの精密迎撃を可能としたABM(弾道弾迎撃ミサイル)を1990年代から開発しますが、まずこれが問題でした。

簡単に弾道ミサイルを迎撃されては、高コストで整備した核戦力を無効化されてしまうので、核戦力による戦争の抑止が機能しないのはもちろんですが、ロシアがツッコミを入れたのは「ちょっと待て! 迎撃試験で使っているその模擬ミサイルは何だ?」という点。

確かに『THAAD』や『スタンダードSM3』といったABMの試験では、実際に飛んでくる弾道ミサイルを迎撃するのですが、どこから発射してどのような性能のミサイルなのかアメリカが正確な情報を公表しないため、「それ中距離ミサイルじゃないの?」というわけです。
アメリカがロシアを条約違反だと批判してINF条約を破棄しようとしているのに、ロシアの方はそもそもアメリカが違反している、という言い分でした。

アメリカが問題視するのは、艦上発射型巡航ミサイルの地上発射型

一方、アメリカが問題視しているのはロシアの新型巡航ミサイルです。
これが実際にどの兵器を指しているのか、具体的に明らかにしていないので憶測含みで情報が飛び交っていますが、その中には現存が疑わしいとすら言われる原子力推進巡航ミサイル『9M730プレヴェスニク』とする説すらあります。

ただし実際には潜水艦発射型巡航ミサイル『RK-55』(NATOコードネーム『SSC-X-4スリングショット』)の陸上発射型で射程480~5,500km、核弾頭装備可能な『9M728』あるいは『9M729』(NATOコードネーム『SSC-8スクリュードライバー』)のことを指す模様。
2017年には既にこれがINF条約違反とアメリカやNATOに指摘されており、トランプ大統領が2018年10月にINF条約廃棄を表明したとしても不思議では無い、むしろ今までよく静観していたと言われていたくらいです。

もちろんこのようなミサイルが実在すればINF条約違反そのものですが、ロシアの言い分としては以下のようになります。
現在までそのミサイルを地上で発射実験した際に、INF条約に違反する射程での試験は行ったことが無い。」
でも、性能的には射程を伸ばすなんて簡単なんでしょ? それじゃあ……という声には。
アメリカだって弾道弾迎撃ミサイル試験用の模擬ミサイルが大気圏再突入能力を持つ以上、それを改良して実戦配備できる。迎撃試験を行うたびにINF条約に違反しているのは、むしろアメリカの方だ!」

米露双方の反発合戦にアピール、新冷戦はエスカレートするか

どちらの言い分にも、一応筋は通っているように見えます。
ましてやアメリカがINF条約を廃棄できる背景には、『ロシアがそう来るなら、ウチも中距離核戦力を再配備できる準備は整っているよ』と表明したようなもので、それは何かと言えば、やっぱり弾道弾迎撃ミサイルの標的用模擬ミサイルがベース? という見方も。

そうなればロシアはわざわざ『寝てる子を起こすような』あるいは『ヤブヘビ』な行動を取ったと言えますが、今のところはロシアのプーチン大統領も「アメリカがそうするならウチにも自国の安全を保証するため対抗措置をとる権利がある」と強気です。

ただ、双方とも疑惑の対象となる兵器を随分前からテストしており、コトあらばINF条約廃棄、実戦配備を視野に入れられる体制にあったということは、既にINF条約自体が有名無実、無意味な条約になっていたということでもあります。

技術の進歩や国際情勢の変化がこの状態を呼び込んだということであれば、将来的には新INF条約というべき新たな枠組みによる軍備制限が求められ、それまではINF条約が決まるまで10年近い期間のにらみ合いが続いたのと同様、長い時間がかかりそうです。
ひとつ見逃せないのは米露両国が「実際に意識しているのは誰か」ということで、この間に漁夫の利を得られる立場にある中国が、今や無視できない力を持つことにも今後は注目する必要があるかもしれません。

菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。
撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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