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2018/02/21

菅野 直人

負傷兵を救った女神であり統計学の大家、クリミア戦争を全力で駆け抜けたフローレンス・ナイチンゲール

フロレンス・ナイチンゲール。どんな人だっけ? と思う人は子供の頃を思い出してみてください。伝記で読んだ内容はともかく、「何か看護師の神様みたいな人だったかな?」と、名前を思い出したりしませんか? 看護師がその一歩を踏み出す時に誓う「ナイチンゲール誓詞」とともに名を残す看護界の超ビッグネーム、その偉大なる名を永遠のものにしたものは、クリミア戦争での活躍でした。

全ての看護師の母

Florence Nightingale CDV by H Lenthall.jpg
By H. Lenthall, London –
このファイルは以下の画像から切り出されたものです: Florence Nightingale three quarter length.jpg

heritage auctions, パブリック・ドメイン, Link

1820年、トスカーナ大公国(現在のイタリア北部の一部)のフィレンツェで生まれたフロレンス・ナイチンゲールは、裕福な家庭に生まれてイタリア語のみならず多くの外国語、哲学、歴史、経済、数学などを学んだ、いわゆる才女でありました。

かといって昔の話ですから、女流職業人の道を期待されていたわけではなく、どちらかといえば貴族のたしなみ、どこへ出しても恥ずかしくない花嫁修業のようなもの。
しかし、そうした貴族の生活から一歩離れた世界、貧しい農民などへの慈善訪問などを通して、そうした困窮した人々を救い、奉仕する仕事につきたいという希望を持ちます。

その中で彼女が選んだのは看護婦(現在の看護師)への道でしたが、当時の病院や看護婦は卑しい仕事と思われる割に重労働、さらに無給であったりしたもので、理解ある父親から送られる生活費でどうにか日々まかなっていたものの、就職に反対する母や姉とは険悪になりました。

しかしそれを第一歩として献身的かつ知的な看護婦への道を踏み出し、やがて現在の看護師養成体系の基礎を作り上げます。
その生涯は既存の権力だけでなく新興勢力との戦いでもありましたが、1893年に彼女の偉業を讃えて作成された、現在でも看護師の戴帽式や卒業式で唱えられる近い「ナイチンゲール誓詞」に、その名を残しました。

クリミア戦争の軍病院で激怒!

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パブリック・ドメイン, Link

そのフローレンスがその名を大きく轟かせたのは、1854年に勃発したクリミア戦争でした。
フランスやイギリス、オスマン帝国など同盟軍とロシアが黒海のクリミア半島(現在はソ連崩壊後のウクライナ領時代を経て、2014年以降はロシアが実効支配)を中心に繰り広げらた戦争です。

激しい戦いで両軍とも多数の死傷者を出しましたが、負傷兵の担ぎ込まれる病院というのは、医療の進んだ後の世の野戦病院以下な存在で、果たして戦傷や病気を治療する場所なのか、戦えない罰を背負わされた牢獄なのか、という有様でした。

ロンドンタイムスの特派員が伝えた惨状にイギリスの世論は沸騰、当時ロンドンの病院にいたフローレンスは、これぞ自分の求めた奉仕の道と、従軍看護婦としての参戦を決断します。

しかし、ハーバード戦時大臣の依頼で看護婦団を率いた彼女が戦地後方、クスタリの兵舎病院へ赴くと、報道からの予想をはるかに超えた惨状に、激怒しました。
病院なのに汚れやホコリ、悪臭に満ちた最悪の衛生環境、官僚の縦割り主義で届かない物資、そして現地の軍医は後方の大臣が勝手に送り込んできた素人の看護団など知らぬと、従軍を拒否する始末。

要するに、病院に携わる誰もが、当の負傷兵を除き自分のことしか考えておらず、報告も何もかもデタラメだったのです。
そこは負傷兵たちにとっての地獄でこそあれ、とても病院とは呼べない場所でした。

負傷兵の衛生状況を劇的に改善したクリミアの天使

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パブリック・ドメイン, Link

軍医から病院に関わることを拒否されたフローレンスですが、便所掃除などどこの管轄にもなっていない仕事に目を付け、強引に病院の仕事へと切り込んでいきます。

それがかえって良かったのかもしれません。
最初から看護に当たっていれば、それに忙殺されて見つけるのが遅れたかもしれなかった、悪臭や病原菌の元などを見つけ、次々にそれらを改善していったのです。

さらにイギリスのヴィクトリア女王に働きかけ、戦時大臣を通してフローレンスからの報告は戦地から直接女王に届けるようにと、勅命が兵舎病院に貼り出されるようになると、権威主義に満ちた官僚や軍医たちも、何も言えなくなってしまいました。

それでも自らの権威を守ろうと抵抗を続けた軍医たちは、彼女の辞令で定められた認知にクリミア半島が含められていないことに目を付け、さらに前線に近い場所での従軍を拒否しようとします。
しかし、女王を味方につけた彼女は日本流に言えば「錦の御旗をかかげた看護婦」そのもので、ただ自らの権威や利権を守ろうとするだけの卑しい者に正当性など与えはしません。

最終的には女王の命令で前線への従軍も認められ、なぜか分離されていた戦時省と陸軍省が合併して縄張り争いも無くなり、新たに組織された衛生委員会がフローレンスの言い分通り衛生環境の劣悪さが負傷兵の死亡率を上げていると認めると、全ては好転しました。

昨悪事、42%にまで跳ね上がって「負傷兵を死に追いやる牢獄」だった兵舎病院は、衛生環境改善によりわずか数ヶ月でそれを5%にまで減らしたのです。
負傷兵たちにとって、フローレンス・ナイチンゲールこそはまさに「戦場に現れた救いの女神」でした。

そしてそれはクリミア戦争の同盟軍負傷兵だけでなく、その影響を受けたその後の戦争の負傷兵たちにとっても、同様だったのです。

統計学の先駆者ナイチンゲール、イギリス軍を改革!

Nightingale-mortality.jpg
By w:Florence Nightingale (1820–1910). – http://www.royal.gov.uk/output/Page3943.asp [dead link], パブリック・ドメイン, Link

昼間は看護婦たちの指揮と事務作業、夜は報告書の作成だけでなくランプを持って病棟を見回り、負傷兵たちから「ランプの貴婦人」と呼ばれたフローレンス。
幼い頃から叩き込まれた勉学の成果はクリミア戦争の兵舎病院でいかんなく発揮されますが、その活躍はむしろ、クリミア戦争が終わってイギリスに帰国して後に最高潮を迎えました。

すなわち、病院におけるあらゆるデータをまとめた膨大な統計資料を作成し、陸軍などの各種委員会に叩きつけたのです。

それは単なる文字や数字の羅列、読むのに目が痛くなるような表ではなく、誰が見てもわかりやすい「鶏のとさか」と呼ばれた円グラフなどで表されていました。
この視覚効果を利用した統計のプレゼンテーションや、それまでバラバラだった統計の取り方に指針を定め、都合の良い報告や、提出元によってバラバラな報告にならないような改革を行ったのです。

これによってナイチンゲールは、看護の分野だけでなく統計学の分野においても偉大な功績を残した第一人者として歴史に記憶されることになりました。
彼女の残した統計報告により、医療分野のみならずイギリス軍そのものが組織改革に取り組んでいったので、軍事的にも非常に大きな足あとを残したと言えます。

ボランティアは真の奉仕にあらず!

こうした活躍から国民的英雄として広告宣伝塔のようにフローレンスを扱おうとする動きもありましたが、彼女はそれを拒否し、しばしば偽名を使い、墓にもイニシャル以外の名を刻みませんでした。
その一方、報酬の無い献身、すなわちボランティア活動には真っ向から反対しており、赤十字にも関わることはなかったのです。

自己犠牲による奉仕は長続きしない、犠牲無き献身こそ真の奉仕という考え方は、何かとボランティア精神に頼りがちで、また自らも安易にボランティア活動を始めては長続きしない現在の私たちにも、深く考えさせるものがあります。

それは、理想の奉仕を求めてクリミア戦争に身を投じた彼女が、結局は理解の深い国の上層部や女王の助けを得て、人員や物資による有形の援助、特に経済的援助無しに負傷兵を救うことができなかった、その経験が言わせる深い思想です。

フローレンス自身、クリミア戦争とその前後の大車輪の活躍で完全に燃え尽きたようで、クリミア戦争帰国後の統計改革を終えると心臓発作で倒れ、以後は慢性疲労症候群、今で言えば重度の燃え尽き症候群のような虚脱状態に悩まされました。

1910年まで長く生きたものの、その全盛期をあまりにも短く熱く走りきったフローレンス・ナイチンゲール。
現在、戦争でも可能な限り手厚い看護療養が受けられるのは彼女のおかげであり、そして新たにその一歩を踏み出した看護師たちが、その心を忘れないよう誓う歴史は、こうしたクリミア戦争を全力で駆け抜けた彼女の活躍から生まれました。

菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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