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2018/01/15

菅野 直人

軍事学入門「簡単に始まる戦争と、なかなか始まらない戦争、その違い」

2017年は今年の漢字に「北」が選ばれるほど北朝鮮の脅威が増したと日本国民に認識された1年でしたが、その話題が盛んになる前は中国の尖閣諸島への脅威など、中国脅威論が盛んでした。その昔はもちろんソ連の脅威が一番だったのですが、これらには大きな違いがああります。それはソ連が脅威だからと戦争しようという人はほとんどおらず、中国が脅威の時には「自国を守る力は必要だ」と議論され、北朝鮮が脅威となると「攻撃してしまえ」と言う人まで出る始末。これ、時代の違いだけでしょうか?

ソ連やロシア相手には無かった、北朝鮮や中国への好戦論


1991年にソ連が崩壊、連邦を構成していた各国はバラバラとなり、日本の隣国はロシアとなりました。いわゆる「冷戦終結」です。

ソ連崩壊後のロシアはしばらく経済的に困窮した状況が続き、今でも安定したとは言えないため、冷戦時代のように「ロシアが日本に攻めてくる」と思う人はあまりいなくなりました。
ただ、ソ連時代を含めて北方領土が帰らないままですが、「ソ連(ロシア)を攻めてこれを奪回せよ」などという意見は、全く見られないと言って良いでしょう。

一方で、冷戦終結からしばらくして、東シナ海でのガス田開発など資源問題、尖閣諸島という領土問題を通じて「中国脅威論」が浮上、日本政府も離島防衛に本腰を上げ、北海道からの防衛力シフトなどを進めています。
その中で気になるのは、中国をいかなる意味でも大国とは認めず、「どうせそのうち崩壊するのだから、遠慮せずに攻撃してもいい」という意見の登場。

これはソ連/ロシアが相手の時には見られないもので、韓国が実効支配している島根県の竹島問題でも「どうせ韓国なら」と武力行使を容認するような意見が目立ちます。
そこからさらに北朝鮮の拉致問題、さらに弾道ミサイル開発が盛んになると、今度は武力行使どころではなく「先制攻撃して滅ぼしてしまえ」という意見まで出る始末。

まるで日本で好戦論が盛んになっているかのようですが、ロシアや基地問題を抱えたアメリカ相手にそのような意見は無く、「相手を見て強気になるかどうか考えている」のは間違いないところでしょう。

歴史上、戦争はどう始まったのか


過去の歴史から、戦争とはどうやって始まったのか? を見ていても、おおむね今の日本と変わりません。
大雑把に言えば、「勝てそうだから国民が戦争しろと言った」あるいは「そんなひどい国は滅ぼしてしまえという意識が国民に巻き起こった」、そんなところでしょうか。

我が日本でわかりやすい例で言えば、日清戦争(1894-1895)後にドイツ・フランス・ロシアからの横槍で日本から清国への戦勝による要求を取り下げられ(三国干渉)、その時は国力不足とおとなしく引っ込みます。
しかし、その後の「臥薪嘗胆(がしんしょうたん)」を掛け声にした富国強兵、軍事力拡充政策によって力を付け、イギリスの後ろ盾を得るや一転、これならロシアに勝てるとばかりに日露戦争(1904-1905)を始め、辛くも勝利しました。

その時も和平を決めるポーツマス条約をどうにかまとめて戦争を収めたのですが、「いや、もっと勝てるだろう、得るものがあるだろう」と憤った国民が日比谷焼き討ち事件などを起こし、「ロシア何するものぞ」という雰囲気がその後も長く続きます。
それが終わったのはソ連の対日参戦(1945)で、第2次世界大戦末期の弱り目に祟り目で、満州や樺太(サハリン)でメタメタに叩き潰された上に、捕虜のシベリア抑留が長く続くなど、ソ連への苦手意識を強く植えつけられました。

以降、打って変わって日本国民は誰もソ連を相手に戦争しようなどとは言わなくなり、それはロシア時代まで続いて、対中、対北朝鮮で好戦論が盛んな現在ですら、北方領土が返還されなくともロシア相手には戦争の無い時代が続いています。
このような対ソ連/ロシアへの政策ひとつ見てもわかるように、戦争をやめるも始めるも、実際は国民次第というわけです。

突発的に始まる戦争への対処は、普段の国民世論で決まる

それでも、「戦争は相手があることだから、相手から攻められたら始まってしまうだろう」という意見もありますし、それはまた事実です。

ただし、そうした意見には大抵その後に「だったらこっちから攻撃してしまえ」となったり、他国と同盟を組んで、攻められたら一緒に守ろうという話になります。
日本の場合、第2次世界大戦への参戦(太平洋戦争)はそうして始まりましたし、現在中国や北朝鮮に対して強気になれるのも、アメリカと同盟を組んでいるからです。

ただし、それも全て「国民の意志」であり、国会の前に何十万人とデモ隊が集結したとて、国民全体の多数派の意見が通ります。
それを知っているからこそ戦争反対! と叫ぶ側も自身を少数派と認め、「少数派の意見を切り捨てるな!」と叫ぶわけですが、民主主義に限らず、民衆の意見が政治に反映される体制にある限りは、その意見を通そうと思えば多数派になるしかありません。

その例が第2次世界大戦における中立国、ベルギーとデンマークの違いで、フランスと同盟したベルギーはドイツ軍の攻撃を受けて敗れますが、デンマークは侵攻開始後数時間で降伏の道を選び、それゆえ戦争中もドイツ占領下で国家としての存続を認められました。
(ただし、その後のデンマークは被占領国として連合軍に解放されるまでドイツへの戦争協力を迫られ、グリーンランドやイギリス本土の北にあるフェロー諸島は連合軍に占領されて、分断状態となります)

これにはドイツと戦わなければ、防衛上の必要性からフランスに占領される恐れのあったベルギー、そこまで差し迫った脅威は無く民族的にもドイツに近いデンマークという違いもあります。
しかし、突発的に起きた戦争へどう対処するか、戦うのか戦わず支配を受け入れるかについても、普段からの国民世論が影響した結果なのは間違いありません。

キューバ危機が回避された最大の理由


さらに、時には「いつ戦争が起きても不思議ではない」「国民もそれを覚悟した」にも関わらず、それが起きなかった事例もたくさんあります。

その典型的な例がキューバ危機で、革命によりソ連側の共産国家となり、ソ連軍の核ミサイルすら配備されたキューバを防衛上の脅威とみなしたアメリカが徹底的に海上封鎖。
それに対しソ連は封鎖を強行突破する姿勢を示し、アメリカも一歩も引かなかったため、カリブ海の小国が第3次世界大戦勃発の地となるのは時間の問題でした。

ケネディ大統領はアメリカ国民に演説し「自由には対価が必要だ」と呼びかけ、あまりに急激に事態が進行したこともあってか、キューバへの介入を非難するデモこそあれ大規模な戦争反対デモは無く、むしろ戦争に備えるにはどうしたら良いのか考えなければいけない状態だったと言えます。

ソ連側も現地部隊へ場合によっては核兵器の使用すら許可されており、実際にアメリカ海軍の接触を受けたあるソ連の潜水艦では核兵器による先制攻撃が真剣に議論され、決定の権限を持つたった1人の士官の反対でそれが回避される、という危うい出来事もありました。

しかし、結果的にキューバ危機は戦争に発展せず、第3次世界大戦は発生しなかったのです。
この要因はさまざまなものがありますが、最終的には「どの国の国民の誰もが、特に戦争を望んでいるわけでは無かったから」だと言えるでしょう。

仮に数ヶ月、数年かけて相手国を滅ぼすべしと米ソの国民が決めていれば違ったかもしれませんがそうした事実は無く、キューバ国民はそう考えていたかもしれませんが、当時のキューバはソ連のコントロール下にありました。
よって、導火線に火がついたにも関わらず、その火は最終的な爆発に至らなかったのです。

戦争に発展しないための、地道で現実的な努力

ここまでいくつかの事例を取り上げて説明した通り、「戦争が起きるか、続けるか」の最終的な意思は国民がその決定権を持っていると思っていいでしょう。
第1次世界大戦でのロシア革命やドイツ革命のように、国民が戦争を終わらせた例すらあり、絶対的な権力者がいるような国でも国民の力というのは非常に強いものです。

もちろん、「絶対に戦争をしない」ことが常に良い結果を生み出すわけではありませんが、意図的に戦争を回避しようと努力するのであれば、まずその考えが国民の多数派になるよう努力することが、結果的には一番の早道と思って間違いありません。
逆に言えば、「戦争やむなし」という世論を放置すれば、いつかは戦争につながることもまた事実です。

とはいえ、一度大多数になった意見を覆すのは非常に努力が必要だからと、安易かつ無闇に「戦争反対!」と言ってもハッキリ言って全くの無意味であり、単なる目立ちたがりのパフォーマンスにしか見られません
戦争に発展しないための努力をするのであれば、「戦争をせずともこの方法で問題を解決できる」という代替案を立てて、わかりやすい説明で根気強く国民を説得し、それを国の政策として採用させることでしょう。

なお、その方法には軍事力の整備も選択肢として存在するので、戦争回避と軍事力の放棄や縮小は必ずしもイコールでは無いこと、そのような主張が現実を無視したものであった場合、国民大多数の理解を得られないであろう点には、特に注意しなければなりません。

菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。
撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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