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2019/02/27

菅野 直人

2019年2月の軍事トピック「中国海軍が空母遼寧をパキスタン海軍へ売却?降ってわいたフェイクニュース」

2月に入ってから急に盛り上がった話題に、「中国が空母遼寧(遼寧)をパキスタン海軍へ売却しようとしている」という、とんでもないニュースがありました。確かに空母機動部隊を持つインドと長年対峙しているパキスタンに空母があれば、インド海軍へはいい牽制になりそうですし、パキスタンは軍事的に中国と結びつきが強いのでありえる話……ではなく、ちょっと詳しい人間ならフェイクニュース以外の何物でもなかったのですが。







緊急ニュース!中国がパキスタンへ空母遼寧を売却?

USNWC Varyag01.jpg
By Original uploader was N328KF at en.Wikipedia – Originally from en.Wikipedia; en:Image:USNWC Varyag01.jpg. Obtained from the U.S. Naval War College report “China’s Aircraft Carrier Ambitions: Seeking Truth from Rumors.” en:Naval War College Review, Winter 2004, Vol. 57, No. 1., パブリック・ドメイン, Link

2019年2月に入った頃ですが、Twitter上の軍事系アカウントの間で衝撃のビッグニュースが飛び込んできました。

中国は空母「遼寧」をパキスタンへ売却する

もちろん、建造中の新型空母『002(仮)』に準じた艦橋構造物や各種機器の改装を行ったばかりの遼寧(りょうねい)をすぐに売却するというわけではなく、いずれそういう事になる流れ程度の話ですが、そこにさまざまな憶測が加わって話が盛り上がりました。

もちろん、パキスタン海軍の貧弱さ、というより国家規模やその戦略からして沿岸防備海軍以外は志向しようのない同海軍が空母を運用できるわけもない、とは識者なら誰もが一発で看破する話。
中国でも共産党機関紙『人民日報』系列の姉妹紙『環球時報』が2月11日には「デマであり、そのような事実は存在しない」と火消しに回ったものの、締切に間に合わなかったのかそれ以降も噂を報道するメディアが相次ぐハメになりました。

確かにテーマとしては面白いですし、陰謀論の好きな人なら「また中国が何かをたくらんでいるぞ!?」と話題にする格好のネタなのは間違いありません。

元は旧ソ連のクズネツォフ級空母2番艦だった『遼寧』

ちなみに空母『遼寧』についておさらいしておきましょう。

そもそもは1985年12月に旧ソ連の1143.5設計重航空巡洋艦、より一般的に知られる名としては『アドミラル・クズネツォフ級空母』2番艦としてウクライナにニコライエフ造船所で起工、1988年11月に進水。
しかしその頃のソ連は既に西側との経済格差によって東西冷戦の敗北がほぼ確定しており、あまりの経済危機によりクズネツォフ級空母の建造も予算不足で停滞気味となります。

Admiral Kuznetsov aircraft carrier.jpg
By Mil.ru, CC 表示 4.0, Link

それでも1番艦『アドミラル・クズネツォフ』は何とか完成、ソ連崩壊直前には独立したウクライナから逃げるように最低限の人員で出航するという、第2次世界大戦でドイツに敗北したフランス海軍さながらの脱出劇が繰り広げられました。

しかしその頃には『ヴァリャーグ』と名付けられていた2番艦は未完成だったため、同じく建造中で進水すらしていなかったソ連初の原子力空母『ウリヤノフスク』ともども、ウクライナへ接収されてしまいます。
しかし、旧ソ連の資産の一部を引き継いだとはいえ独立したばかり、経済規模も大きくなく、その後も巡洋艦さえ完成にこぎつけられなかったウクライナで空母の建造続行などできません。

売り先を探しながら細々と工事を進め、ロシアと揉めた所有権も1993年に確定した後で結局ウクライナは『ウリヤノフスク』ともども『ヴァリャーグ』の建造を中止してしまいました。
しかし『ヴァリャーグ』は船体が完成して機関も搭載されており、兵装や各種機器を搭載する残工事を終えれば空母として就役できる状態だったため、そこに目を付けた中国が、他の旧ソ連空母『キエフ級』などとともに、レジャー施設のベースとして購入、2002年に中国の大連へ回航されたのです。

中国人民解放軍海軍001型空母『遼寧』として

HMAS Melbourne (R21) and USS Midway (CV-41) underway on 16 May 1981 (6380752).jpg
By U.S. Navy – This media is available in the holdings of the National Archives and Records Administration, cataloged under the National Archives Identifier (NAID) 6380752., パブリック・ドメイン, Link

中国は1985年にオーストラリア海軍の空母『メルボルン』をスクラップとして購入、解体しながら研究して以降、廃艦となった空母を購入しては調査しており、旧ソ連のキエフ級空母『キエフ』『ミンスク』も購入していました。
もっとも、キエフ級の2隻が実際に海上ホテルや海上テーマパークとしてオープンしたのに対し、『ヴァリャーグ』だけは手つかずで、いよいよ中国初の空母として工事再開・就役するのではと見られていたところ、2005年からドック入りして工事が再開されます。

2011年8月には着工から26年を経て完成にこぎつけ、公試(試運転)の後2012年9月に正式に中国人民解放軍海軍001型空母『遼寧』として就役。
その頃既に日中関係は微妙だったものですから、日本から『遼寧』への評価はいわゆるヘイトスピーチ的な散々な扱いでした。

「ウクライナで空母として就役できないよう、船の背骨である竜骨(キール)を切断してあるから、外洋航行ができるはずもない。」
「機関も適当なディーゼル機関を載せているだけだから、艦載機を発着させるために必要な高速発揮ができるはずもない。」
「仮に艦載機の発着ができても、かなり重量制限されて武装や燃料もロクに搭載させられない。」

これらは『遼寧』とロシアのSu-27系をベースに国産化した艦上戦闘機『J-15』など艦載機部隊のテストや訓練が公開されるにつれ、全く根も葉もないどころか「そうあってほしいというだけの無責任な期待」だったことが判明していきます。

『遼寧』はあくまで練習空母

それでも元々のクズネツォフ級空母自体が空母としては未熟な設計だった事や、中国初の空母ということで、『遼寧』はあくまで練習空母という位置づけです。
中国海軍としても本格的な空母は『遼寧』の調査結果を元に国産化して建造、2018年に完成して2019年中には就役すると見られる空母『002』(仮称。進水時に002と明かされたが、未だに001Aとして紹介されることも多い)以降と考えています。

建造中の同型または準同型艦、更に建造予定の原子力空母2隻(ウリヤフノスク級の設計がベースと言われる)と合わせ、4隻の空母を配備する予定で、そのために必要とされる膨大な空母パイロットや艦載機の試験、データ取りという重要な使命を『遼寧』は担っているのです。

その一方、中国の国威発揚のためのセレモニーや軍艦外交にも駆り出されており、強大化する中国海軍のシンボル的存在なのも事実。

新型空母の数が揃うまでは立派な戦力でもあり、実験艦でもあるためか、2019年に入って完了した改装では艦上構造物などが一新されており、今後はおそらく電磁カタパルトをアングルド・デッキ(斜め飛行甲板)へ設置し、STOBAR(短距離発艦・通常着艦)型の艦載機以外に、CTOL(カタパルト発艦・通常着艦)型艦載機も運用可能になると見られます。

役目を終えた遼寧はどうなる?

一部は巡洋艦クラスの規模を誇る駆逐艦多数や補給艦、揚陸艦など支援艦艇も第2次世界大戦時のアメリカ海軍か! と思うようなペースで『量産中』の中国では空母建造ペースも早く、2013年11月に起工した仮称『002』も、初の国産空母としては異例の早さ、6年弱で就役しそうです。

以後の空母も同じような、あるいはより早いペースで就役すれば、遅くとも2030年までには4隻の国産空母が揃うのではという勢い。
その頃には役目を終えるであろう『遼寧』は起工から45年を経ているとはいえ、就役からはまだ18年ですから、まだまだ使い出があり、売却の話が現実になってもおかしくありません。

とはいえ、沿岸防備用のフリゲート艦数隻と、インドとの戦争時には哨戒やインド海軍艦艇への攻撃も担当する潜水艦数隻を主力とする程度で、固定翼航空機など哨戒機を10機程度保有するだけです。
そこへ『遼寧』を持ち込んでも整備するためのドックや艦載機部隊を整備する余裕があるのか? というわけで、かえって予算面から他の戦力に悪影響を与えかねず、インド海軍としても脅威にはならないでしょう。

むしろありえるのは、中国海軍がパキスタンの軍港を基地化して『遼寧』を前進配備、仮想敵国であるインドを圧迫する方がよほどありそうな話で、そのあたりの想定になぜか尾ひれがついて、「パキスタンへ売却」となったのかもしれません。

もし中国が本気で『遼寧』を売却するとすれば、アメリカやイギリス、フランスとは違う兵器体系で空母を保有している、あるいは保有していて経験の深い国という事になり、そうなると候補としては『遼寧』就役前に中国海軍のパイロットへ訓練の場を提供していたと言われるブラジル海軍くらいではないでしょうか。







菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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