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2018/11/5

菅野 直人

軍事学入門『学校のレポートに軍事的内容を提出することは悪か?』

2018年9月19日、とある交番の一室を訪れた大学生が応対していた警官を突然襲撃、刺殺した後でもう1人の警官から正当防衛による拳銃射撃を受けて射殺される事件がありました。犯行動機が全く不明な中、報道機関が飛びついたのは『容疑者は軍事に関する研究でレポートを出していた』という事実。まるでそれも動機に関係していると言わんばかりの書き方に「ちょっと待った!」と言わせていただきます。







事件の簡単なあらまし

全国的なニュースになったので知っている方も多いと思いますが、事件が起きたのは2018年9月19日未明の午前4時、宮城県仙台市宮城野区にある仙台東署東仙台交番を、1人の若者が訪れた事から始まりました。
若者が訪れた理由は「現金を拾った」というもので、千円札1枚を持って当直の巡査長が応対していましたが、しばらくして隣室から巻き起こった怒号に気づいた巡査部長が飛び込むと、血まみれで倒れる巡査長と、その横で倒れている若者改め『容疑者』を目にします。

容疑者が右手にサブマシンガン(モデルガン)、左手に刃渡り40cmの刃物を持ち立ち上がると、何が起きたか悟った巡査部長は拳銃を取り出し、警告と共に1発を発砲しますが、さらに向かってきたので2発を発射、ついに射殺されました。
弾丸は1発目が肺に留まり、もう2発が貫通していた、つまり3発とも命中していたので威嚇射撃の間が無かったほどの非常事態、モデルガンかもしれないとはいえ銃と刃物を構えて襲ってこられれば、猶予が無い中で巡査部長は正当防衛に全力を尽くしたのがわかります。

問題はその容疑が全く不明なことでした。
地元私立大学へ入り、取り立てて親しい学友はいなかったもののゼミも受講し、合宿や懇親会にも参加していたと言いますから、想像されるのは「目立たないけど普通の真面目な人」くらい。まあ飲み会で大暴れでもしない限り印象に残らないタイプです。

夏休みを過ぎてからゼミに来なくなり、事件当日に予定されていたゼミの芋煮会(東北の一部地域では恒例行事で、河原など野外で芋煮鍋を囲むレクリエーション)にも出欠連絡をよこさなかったほかは、特に問題行動は報告無し。
つまり「何が問題だったのかがわからないのが問題」というわけで捜査でも動機が全く不明という不気味な事件です。

報道が飛びつく「容疑者の研究対象は軍事だった!」への違和感


動機不明で行き詰まった警察がマトモな発表をできるわけもありませんが、報道として謎は謎のままにもいかず、警察へ「何か無いのか」と執拗に詰め寄ったのかもしれません。
自然、出てくるのは容疑者の人となりの部分ですが、それも前述のように日頃から問題を抱えていたとは考えられません。ただ一点を除いては。

事件直後から、「容疑者は軍事に詳しく、大学でも研究対象としていて、ゼミへのレポートも軍事関連だった!」という内容の報道が踊ります。

後に大学側の会見でさらに詳しく、ゼミのテーマは『日本近現代史の諸問題』であり、容疑者が卒論のテーマとしていたのは『憲兵制度』と判明。
1923年に日本陸軍東京憲兵隊の甘粕 正彦 憲兵大尉に無政府主義者が殺害された『甘粕事件』も盛り込めないか、ゼミの担当教員に相談していたと言いますから、内容は不明なれど1人で心の内面に閉じこもって思い悩むような話で無かったことは誰が見てもわかります。

警察としてもそれが動機と結びつかないので困り果てているようですが、もっと困り果てた報道は「軍事を研究していた大学生による犯罪」と、意識してか無意識かはわかりませんが、いかにもマスコミらしいレッテル貼りをやらかしたのです。
これでいわゆる『ミリオタ』な人々は元より、公私問わず真面目に軍事を研究している人間にとっては迷惑極まりない自体になったかもしれません。

事件自体は警察の捜査でいつか全容が明らかになるかもしれませんが、筆者が怒りとともに違和感を感じたのは、報道に対してでした。
なぜならば筆者も、かつて学問の中で軍事をテーマにレポートを提出する若者だったからです。

軍事知識を趣味とした少年への偏見

筆者はいわゆる『丸少年』(軍事総合誌『丸』を愛読する少年)でした。
小学生の途中から購読誌を『コロコロコミック』から『週刊少年ジャンプ』ではなく『』へ切り替え、小遣いに余裕があれば『航空ファン』や『世界の艦船』も買っていたような子供です。
自分では意識していませんでしたが珍しい存在だったようで、馴染みの本屋へ『』の発売に飛び込むと、言わずともレジ裏に筆者の分が取り置きされていたこともありました。

なぜそのような事になったかといえば、小学校に入ったばかりの頃、いわゆる『第3次世界大戦モノ』の1970年代仮想戦記ブームがあり、子供向けの『戦闘機大百科』だの、今でもコンビニに陳列されている安い『連合艦隊の全て』のような本がたくさんあったのです。
そんな裕福な家では無かったので、そうした本を友達の家へ読みに行ったり、小学校の上級生から「戦争ってこういうんだぜ?」という話を聞かされたりしていたのですが、何かの拍子に『』その他の本格誌を読みました。

すると、それまで見聞きした知識が文字通り『子供騙し』だった、もっと言えば『自分がいかに何も知らないかを知った』のがとても新鮮で、しかも記事を書く人物によって内容が異なるのもしばしば。
つまり、世界とは視点によっていろんな見え方があるらしいと教えてくれたのが筆者にとっては軍事であり、「こりゃ世界平和を願うとかナントカ言っても、半端な知識じゃヘタな事を言えないな」と思った時から軍事にどハマリしました。

ただ、当時は学校の教師や左翼系の学生が「自衛隊というのは人殺しをするための組織なんだよ」と、平気な顔で言い放つ時代です(今でも固く信じている人はいますが)。
幸い学校の成績は良かったので、「頭のいいやつは考えることが少し違う」くらいに思われて大したイジメもありませんでしたが、将来自衛隊志望だと思われていたり、なぜか共産党員だと思われていた事もありました。

「太平洋戦争が始まった日と終わった日を言ってみろ」

今でも忘れられないのは30年以上前に中学生となって最初の歴史の授業1発目で教師に当てられ、「太平洋戦争が始まった日と終わった日を言ってみろ」と言われた事です。

1941年12月8日と1945年8月15日、と答えましたが、今ならそんな無難な回答ではなく「ただし1945年8月15日はあくまで玉音放送の日であって、実際に戦争が終結した日には様々な解釈が……」と一席ぶっていたかもしれませんが、当時はまだ素直な子供でした。
しかし、ともかくシンプルに回答しただけで教室はざわめき、太平洋戦争の歴史など知る由も無い子供を相手に何かイイ話でもしようと考えていたかもしれない教師は、何か気まずそうに話の続きができなくなってしまいます。

以降、軍事知識を吸収すべく書物を読み漁るだけで変人扱いされましたし、級友に同好の士? も一応いましたが、兵器のスペックや戦闘の戦果にばかり興味を向けて「それが何を意味するか」まで考える友人が皆無だった事にも閉口したものです。

例を挙げれば30年前中学生の頃、朝鮮戦争に出撃した海上保安庁特別掃海隊の事を知り、戦後占領下裏話として級友に話したところ、「それで戦果は戦果は何だったの!?」と興奮のベクトルが筆者と全然違う事に困惑。
お前なあ……マッカーサーから上陸地点の機雷掃海しろって命令されて当時の日本が出撃させられたことに対して、戦果戦果って他に言う事無いの?」とたしなめましたが、級友の反応こそが普通の子供の感覚だったのでしょう。

夏休み自由研究のテーマが『日本本土空襲』だった少年は交番を襲ったか?

やがて中学の何年生の時だったか、夏休みの自由研究のテーマに『日本本土空襲』を選びました。
2018年現在のように情報収集が容易な時代ではありませんでしたから、「ドゥーリットル空襲に始まる本土防空体制の整備」、「日本陸海軍戦闘機隊とB-29爆撃機の性能差」、「主な空襲を受けた地域の一覧」、「防空戦闘機隊や高射砲、その他の要因で意外にも損失多数だったB-29」『呉軍港空襲で壊滅した日本海軍』など、簡単な内容です。
いかに若きミリタリーマニアとはいえ、しょせん子供の自由研究ですから、自宅に積み上げた『丸』その他の誌面から得た情報を丹念にまとめた程度でしたが、それらを30ページ程度の小冊子にまとめて、呉軍港で大破着底した航空戦艦『伊勢』の写真をコピーして表紙も作りました。
もちろん、中学、高校とそんなことばかり勉強していたわけでは無く、基本的に『世界平和を願うなら必要な知識でしょ』というスタンスだったので、飛行機や軍艦の写真を撮りにカメラにハマったり、左右どちらか振れまくった思想へハマることも無く普通に成長。
大学では経済が選考だったので、意見の合わない教員を相手に小論文と評価の嫌味な応酬をしていた程度でした。

ゼミも福祉経済専攻だったので軍事と無縁、同じゼミ生で世界放浪帰りがいて、バックパッカーとして民族紛争ど真ん中のユーゴスラビア(当時)へ密入国、国連平和維持軍に捕まって強制送還された経歴の持ち主がいて、「死に場所を求めているから警察官を志望する」と聞かされ変わった奴だなと思ったくらいです。

そもそも学業より何より、浪費癖のわりに労働意欲の薄い半同棲中の彼女の家賃を稼ぐため、バイトが忙しくてロクに学校へ行かないダメ学生、何か体制や将来に不満を持って交番を襲おうなど、考えたこともありません。
趣味で細々と軍事研究をしているミリタリーマニアなどしょせんこんな「普通の人」なわけですが、それでも何か事件に巻き込まれたら「趣味は軍事研究」などと無関係に紹介されたのでしょうか?

「軍事」に目が行くのは、未知への恐怖の裏返し?

そもそも今回の交番襲撃事件の容疑者プロファイリングで「軍事が研究対象」などと言われてしまうのは、報道する側は元より、報道を見る側も「軍事」など日常に全く登場しない(と思い込んでいる)要素に対する「未知への恐怖」があるのだと思います。
あえて簡単に言えば「何それわかんない変な人きっと普通じゃない。」というわけで、よくわからないからそこが動機に繋がると思いたいのでしょう。

しかしわざわざ勉強して反社会的な活動に活かすのでも無い限り、軍事について探求し、疑問を解き明かそうとする活動は、それが趣味であれ仕事であれ、決して異常なことではありません。
時には「何で人殺しの勉強に一生懸命なの?」などと心無い言葉をかけられる事があるかもしれませんが、そんな時は「戦争で人が死ぬ事がどれだけ悲惨なことなのか、何となくや常識だからじゃなく、ちゃんと理解して納得するため。」と、堂々と答えれば良いのです。

普通の人間が普通に趣味、あるいはライフワークとしている分には、軍事への理解を深めるのは、とても健全な事なのですから。

菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。
撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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