- コラム
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菅野 直人
旧日本海軍に所属していた艦艇は日本本土にも何隻か現存しますが、太平洋戦争の頃の近代的戦闘艦艇となると、さすがにもうありません。しかし世界中を見渡せば、日本海軍所属艦では無いものの輸出艦が生き残っているのは案外知られていません。それがタイ王国海軍のスループ艦『メクロン』です。
戦艦『三笠』(横須賀)、特務艦(後に南極観測船)『宗谷』(東京・船の科学館)、病院船『氷川丸』(横浜)。
いずれも旧日本海軍に所属していた艦船ですが、いずれも第2次世界大戦当時現役だった近代的戦闘艦ではありません。
かつては沈没していた駆逐艦『竹』を再整備した海上自衛隊の護衛艦『わかば』や、船団護衛用の海防艦を海上保安庁に編入した『おじか』型巡視船が戦後も長らく現役にありましたが、最終的に千葉市海洋公民館となっていた『こじま』(旧『志賀』)が1998年に解体され、太平洋戦争時の戦闘艦は1隻残らず消えてしまったのです。
長らく台湾海軍の旗艦だった駆逐艦『丹陽』(タンヤン・旧『雪風』)や、中国海軍の練習艦『恵安』(フィーアン・旧海防艦『四阪』)の返還でも実現していれば記念艦になっていたかもしれませんが、いずれも帰国することなく解体されてしまったので、致し方ありません。
あとはどこか南の島の波打ち際や、海底で朽ち果てている艦船ばかりですが、『日本製軍艦』という観点では、意外なところに現存艦がありました。
昔も今も、軍艦の輸出といえば大手はイギリスやフランス、それにアメリカや戦後はソ連、スペイン、中国なども加わっており、日本も最近では海上保安庁の中古巡視船を輸出(供与)しています。
しかし、戦前には日本でも海外に軍艦を輸出していた時期があり、その主な顧客は意外なことに中華民国海軍(寧海級巡洋艦)や、タイ海軍でした。
日本から目と鼻の先である中国はともかく、タイはなぜ? と不思議に思うかも知れませんが、タイはイギリスとフランスという植民地帝国の利権が直接かち合わないようにする『緩衝国』として独立を許されていた存在。
それゆえ世界の主要国、ことに英仏から最新の武器輸入などは政治的に難しく、日本に頼る面が大きかったのです(他にイタリアにも発注していましたが)。
こうして日本で建造された主なタイ王国海軍軍艦が、海防戦艦『トンブリ』級2隻(いずれも神戸川崎造船所で1938年竣工)であり、小型駆逐艦的なスループ『メクロン』級2隻(いずれも浦賀造船所で1937年竣工)でした。
なお、軍艦以外にも戦闘機や練習機なども戦中・戦後に受領(接収)して戦力としており、タイの防衛に日本製兵器が大きく関わっていたことがわかります。
By Ahoerstemeier – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link
これら日本製のタイ王国海軍主力艦は、タイとフランス領インドシナの領土紛争(1940年11月~1941年5月)の最中に起きたコーチャン島沖海戦に海防戦艦『トンブリ』が参戦するも、フランス海軍の軽巡『ラモット・ピケ』に撃破されてしまいました。
以降は太平洋戦争でも大きく寄与する事無く生き残ったものの、日本で修理の余裕の無かった『トンブリ』は練習艦として1959年まで使われ解体、艦橋構造物と第一主砲塔がタイ海軍兵学校で今でも展示されており、旧日本海軍の巡洋艦級艦艇の勇姿を陸上ながらも留めています。
トンブリ級のもう1隻『スリ・アユタヤ』は1951年にタイ海軍が起こしたクーデターの際、反撃してきたタイ陸軍の砲撃や空軍の爆撃で撃沈されてしまい、現存しません。
メクロン級スループ2隻のうち、2番艦『ターチン』は太平洋戦争末期の1945年6月に連合軍機の空襲で撃破され、修理を断念して解体されてしまいましたが、1番艦『メクロン』はしぶとく生き残ります。
最終的には練習艦として1995年まで使われ、チャオプラヤ河口のポームチュラムにある公園で記念艦として2018年10月現在も展示されているわけです。
『メクロン』がそれだけ大事にされている理由としては、国王ラーマ9世(1927-2016)が御召艦として使ったから等の説があり、王様を大事にするタイではありえる話なのかもしれません。
この『メクロン』ですが、排水量1,400t、全幅10.5mというスペックは旧日本海軍の睦月級駆逐艦(12.7cm単装砲4門、61cm魚雷発射管3連装2基6門)と似ていますが、全長だけは睦月級102mに対し、『メクロン』はわずか85m。
それでいて機関出力など睦月級の6%程度(38,500馬力に対しわずか2,500馬力)でしたから出力は17ノットしか出せず(睦月級は37.25ノット)、では何に重量を取られたのかといえば、短い割に重武装だった事。
12cm砲は睦月級同様4門を前後へ2門ずつ背負式に装備し、中央部両舷には時期的におそらく退役した『江風』級駆逐艦などから降ろされて予備装備になっていたであろう45.7cm連装魚雷発射管が1基ずつ。
加えて九六式小型水上機をベースに渡辺鉄工所(太平洋戦争中の一時期、航空機部門のみ九州飛行機として独立)が開発した、『シャム国海軍水上偵察機』を1機搭載しており、カタパルトこそ無いものの航空機運用能力すら持っていました。
鈍足ながら重武装、航続距離はそこそこあり、航空機で長距離偵察も可能な『メクロン』級は艦隊公道というより単艦で沿岸や島しょ部の警備を行う『哨戒艦』的な性格だったようです。
1954年には魚雷発射管を下ろして対空機銃や機雷敷設設備を増設していますが、予備装備として残していたのか魚雷発射管は展示に当たって復旧されています。
タイ海軍もだいぶ物持ちのいい組織で、1944年に就役した米キャノン級護衛駆逐艦『ヘミンジャー』を、練習艦『ピン・クラオ』として74年たった現在でも現役運用しているほどですから、航行せず展示のみの『メクロン』の維持など造作も無いかもしれません。
『メクロン』は武装もさることながら、艦橋構造物やマストなども旧日本海軍の駆逐艦などを思わせる形状で、かつての栄光を振り返ったり、あるいはプラモデル製作の参考にするにはうってつけの素材です。
物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。
撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。
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