- コラム
未だ語り継がれる名作「フルメタル・ジャケット」!
2017/12/24
Gunfire
すごいー! たーのしー!
2018/05/14
菅野 直人
直立不動の新兵相手に罵声を叩きつけ、人間性を否定し、「サー! イエッサー!」しか言わせない鬼のハートマン軍曹。映画「フルメタル・ジャケット」でのこの光景はインターネットのミリタリーマニア界隈で大いに人気となって改変コピペも多数生まれましたが、その人気の源泉たる迫真の演技で名を上げたのが、ハートマン軍曹役のR・リー・アーメイ。劇中では殺しても死ななそうな鬼軍曹でしたが、2018年4月にこの世を去りました。
居並ぶ新兵が直立不動する中、冷酷さを鋳型にはめたような鬼軍曹、ハートマンが突き刺さるように浴びせる罵詈雑言の数々。
『話しかけられたとき以外は口を開くな。口でクソたれる前と後に“Sir”と言え。分かったか、ウジ虫ども!』
『まるでそびえ立つクソだ!』
『頭が死ぬほどファックするまでシゴいてやる! ケツの穴でミルクを飲むようになるまでシゴき倒す!』
『スキン小僧が! じっくりかわいがってやる! 泣いたり笑ったり出来なくしてやる! さっさと立て! 隠れてマスかいてみろ クビ切り落としてクソ流し込むぞ』
そのたびに顔を青ざめさせながら、ハートマン軍曹と決して目を合わせず遠い目で「サー! イエッサー!」と絶叫する新兵たち。
軍隊とは時に人間の精神的・肉体的限界を超えた過酷な任務を兵士に要求し、それを命令した上官に逆らっていては組織も任務も成立しないため、いわば「理不尽さに耐える精神力」が無ければ生きていけない組織です(まあ、程度問題はありますが)。
そのため新兵教育の第一歩は「自由なシャバにはいないという事実を認識させる」という儀式が必要なわけですが、その儀式を映画『フルメタル・ジャケット』(1987年)で、これ以上無いほどのリアリティで怪演したのが、R・リー・アーメイでした。
それもそのはず、彼は1972年に除隊するまでの10年余りを米海兵隊で過ごした元軍人であり、しかも退役時の最終階級は二等軍曹、まさにハマリ役だったのです。
By Zachary B – https://www.flickr.com/photos/becknell/293677163/, CC 表示-継承 3.0, Link
ロナルド・リー・アーメイは1944年3月24日、アメリカはカンザス州のエンポリア生まれ。
地図を見ればわかるとおりのアメリカ大陸ど真ん中で、海軍や海兵隊にはおよそ縁の無さそうな地で生まれ育ちますが、14歳で西海岸北部のワシントン州ジラへ転居したので、海がいくらか近くなりました(ただしジラは州内でもかなり内陸)。
若き日のアーメイはいわゆる「フダ付きのワル」で2回も逮捕されますが、2回目の裁判官はアーメイにこう告げました。
「軍隊に行くか、刑務所に行くか、どっちで更生するのか選びなさい」
マフィア志望じゃあるまいし、ムショ行きより軍隊の方がクールだぜ! と思ったかどうかはともかく、父親がかつて所属していた海軍もいいかなと思い始めたところ、志願兵募集ポスターで見た制服がカッコイイ! と海兵隊入りを決めたのでした。
徴兵ならともかく優秀な志願兵を集める募集ポスターは各軍とも力を入れていますが、自衛隊の最近の萌え萌えな広告など見ていると、あれで屈強な人材が志願してくれるか、少々心配な気になるエピソードです。
もちろん萌えオタでも屈強ならいいのですが。
さて、制服がイケてるという軽い理由で海兵隊入りしたアーメイですが、アメリカ海兵隊と言えば第2次世界大戦や朝鮮戦争では「どんな上陸戦でも最初にパンツを濡らすのは俺たちだ!」と激戦を戦い抜いた猛者たちです。
とにかく徴兵されて前線に放り込まれる軍隊の新兵と違い、生半可な気持ちでは通用しない海兵隊は原則として志願兵のみ、そして苛烈な実践を勝って生き残るべく、猛訓練でも知られます。
ただし、アーメイの父は前項で書いた通り海軍出身で、子供へのしつけもアメリカ海軍仕込みの軍隊式だったようで、海兵隊の新兵訓練もそれに比べれば楽勝! だったそうですから、一体どんな教育がアーメイ家では行われていたのでしょうか?
だからグレて2回も逮捕される羽目になったんじゃないか、という話はともかくとして、新兵訓練を終えたアーメイは「海兵隊が肌に合う一般的な兵士」だったようです。
1965年から2年間、新兵訓練所の教官としてカリフォルニア州サンディエゴで勤務するなど、初期に目立った軍歴はありませんでした。
しかし1964年8月のトンキン湾事件を契機にアメリカがベトナム戦争に本格介入、次第に兵力が強化されていくと、海兵隊も続々と最前線に送られます。
その部隊の1つ、第17海兵航空支援群にアーメイも加わっており、ベトナムで負傷しては両用を兼ねて沖縄で勤務するという繰り返しでしたが、1972年に二等軍曹で除隊しました。
除隊の原因は戦闘による負傷では無く、別な医学的原因だったと言われており、その後ベトナム帰還兵に数多く見られたPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悩まされたことから察するに、戦場やそれを思わせる場所で正気を保つのが困難だったと思われます。
いずれにせよ何らかの軍律違反で海兵隊を放り出されたわけではなく名誉除隊で、そのまま沖縄に滞在してパブなどを経営していましたが、戦場帰りの兵士も相手にするような歓楽街でPTSDからの回復によい影響があったとは思えません。
4年ほどでフィリピンに移住し、名誉除隊した軍人に支給される復員軍人奨学金でマニラ大学に通って、犯罪学と演劇を学んでいました。
そこでいくつかの映画にキャストとして出演を始めますが、経歴が経歴なので海兵隊員など兵士役での出演が主で、日本で言えばヤクザの組長から俳優に転じ、本人役も含めヤクザ映画に出演していた安藤 昇のようなポジションです。
かの有名な『地獄の黙示録』でのヘリコプターパイロット役などいくつか脇役をこなす一方、経歴を活かしてミリタリー関連のテクニカル・アドバイザーとして監修にも参加、そして『フルメタル・ジャケット』のアドバイザーとして参加したのが転機になりました。
当初、アーメイは純粋な演技指導役で出演の予定は無かったのですが、新兵訓練シーンで「本物はこうやるんだ!」と海兵隊での訓練そのままの恐怖感あふれる罵詈雑言を連発したところ、あまりのリアリティ(何しろ本物)にスタッフは驚愕。
もっとも感銘を受けたのは監督のスタンリー・キューブリックで、「この役をできるのは彼しかいない!」と大抜擢、アーメイ演じるハートマン軍曹の誕生です。
なお、アーメイ/ハートマン軍曹の誕生は、いくつかの後日談で他の人間にもいくらかの影響を与えました。
アーメイにハートマン軍曹役を奪われたティム・コルセリはヘリの機関銃手役に変更され、「逃げる奴は皆ベトコンだ、逃げない奴はよく訓練されたベトコンだ!」という、これまた改変コピペが多数出回る名ゼリフを生んでいます。
また、キューブリック監督が、海外版での字幕はハートマン軍曹の下劣な罵詈雑言も含めた忠実な直訳を要求したため、当初穏当な日本語訳を行った戸田 奈津子が降板されました。
字幕翻訳の大御所であり、ミリタリー映画での誤訳の多さ(映画『メンフィス・ベル』で50口径機関銃を「50mm砲」と大誤訳したのは有名)からヒンシユクを買うことでも有名な同氏の降板は、ミリタリーマニアにとっては溜飲が下がる出来事だったと言えます。
なお、日本語吹き替え版も制作されたものの、ハートマン軍曹をはじめあまりに放送禁止コードの多さに、劇場での公開もテレビ地上波での放映も実現しておらず、2017年11月にようやくBD版が発売されて世に出ました。
『フルメタル・ジャケット』での名演によってキューブリック監督を感激させたアーメイは、その後も数多くの映画で軍人、判事、警部、保安官などと「いかにも」な役で多数出演しただけでなく、『トイ・ストーリー』などアニメ声優としても活躍。
テレビ番組の司会や銃器メーカーのスポークスマンも務め、特に数々の映画で軍人役での名演、司会をしていた番組での兵士に対する士気高揚ツアーなどが評価されて、2002年に海兵隊一等軍曹へと名誉昇進を果たしています。
退役後の昇進は米海兵隊で初の出来事で、『ガーニー(一等軍曹)』というニックネームで呼ばれていたガービーが、退役から30年も経って本物の一等軍曹になったのです。
悪夢のようなベトナムから帰還してPTSDに苦しみ、それでも数々の軍人役を演じ軍への支援を欠かさず、穏健なオバマ政権を否定してドナルド・トランプの大統領就任を喜んだ“ガーニー”R・リー・アーメイでしたが、2018年4月15日に74歳でこの世を去りました。
今頃はあの世(そこは地獄か天国か?)の軍隊で、やはり新兵訓練に声を荒らげているのかもしれません。
物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。
撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。
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