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2018/05/2

菅野 直人

軍事学入門「人員や車両、船舶の徴用など民間への強制や命令は可能か否か?」

もしも日本で戦争が起きた場合、私たちは「巻き添え」にはなるかもしれませんが、実際に戦うのは自衛隊その他公務員の方たちで、実際に自分たちが直接何かをすることは無いだろう、そういう意識の強い方は多いと思います。実際直面すると何が起きるかわかりませんが、自衛隊から協力を求められたとしたら、あなたならどうしますか?

有事の際、民間に協力を強制できない自衛隊

Ministry of Defense2.JPG
By 本屋本屋‘s file (self-made), CC 表示-継承 3.0, Link

国外からの侵略があった場合など、自衛隊が防衛出動を行って日本を守らなければならない! そのような事態に陥った時に備えた法律は、昔は不備もいいところで、「有事になっても民有地に勝手に入れず、道路もウィンカーをつけて曲がらねばならない」などと揶揄されました。

今では通称“有事法制”が施行され、まだ完全では無いものの「いざとなれば戦うための根拠」を作るべく努力されています。
そのために複数の法律が作られ、あるいは法案の審議待ちといった状況で全部に目を通すのは大変ですが、「人によって異なる解釈の可能なルール」ほど面倒なものはありませんから、致し方ありません。

さしあたって、通称“国民保護法”、正式には“武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律”においては、有事における民間からの協力について、以下のように定義されています。

 

“第4条(国民の協力等)
国民は、この法律の規定により国民の保護のための措置の実施に関し協力を要請されたときは、必要な協力をするよう努めるものとする。
2 前項の協力は国民の自発的な意思にゆだねられるものであって、その要請に当たって強制にわたることがあってはならない。
3 国及び地方公共団体は、自主防災組織(災害対策基本法(昭和三十六年法律第二百二十三号)第二条の二第二号の自主防災組織をいう。以下同じ。)及びボランティアにより行われる国民の保護のための措置に資するための自発的な活動に対し、必要な支援を行うよう努めなければならない。”

 

つまり、有事の際に自衛隊は民間(国民や私企業)に「協力してお願い!」と言うこともできますし、協力してもらえたら「ご協力感謝いたします!」と言われることもありますが、民間はその「お願い」を拒否することもできるわけです。

もっとも、法律の通称名でもわかる通り、基本的には「戦争が起きた時に国民が巻き込まれないため」に避難や資産(施設や道路など)の活用をするための「お願い」なので、そうそう拒否する人もいないとは思いますが、「協力せよ!」と強制や命令はできません。

災害派遣での実績

ちなみに災害派遣に関して言えば、1995年の阪神大震災や2011年の東日本大震災など、広域にわたり甚大な被害が発生しているような場合、全国各地から自衛隊の災害派遣部隊を輸送するための協力は普通に行われています。

具体的に言えば、東日本大震災では太平洋フェリー(名古屋~仙台~苫小牧航路)は自衛隊の輸送に積極的に使われましたし、東北自動車道や常盤自動車道は民間車両が通行できない時でも、自衛隊の車両は通行していました。
ただし、これは自衛隊に協力する民間運送業者なども含め、専属でチャーターでもしない限りは自衛隊専用というわけではなく、他に災害派遣されている組織などがあれば、自衛隊とともに輸送されることもあります。

この場合は自衛隊というより、日本国憲法における「公共の福祉」、つまり「全体の利益と個人の権利をどう考えるか」の解釈がまだ議論の別れるところで、中には「災害派遣のために自分が公共交通を使えなくてもいいのか!」という人がいるかもしれません。
しかし、実際には「自分は多少不便でも仕方ないので、困っている人を助けてあげて」という人が大部分ですから、表だって問題になることが無いだけです。

それも自然災害の場合は「困っている人もいれば、そうでない人もいる」から許容されることですが、こと戦争となるとそうもいかないかもしれません。
東日本大震災の時は「不謹慎だからお祭りなどはやめよう」と、頼まれもしないのに好んで全国に自粛ムードが広がった、というより流行しましたが、戦争となると逆に全国で「個人の権利の優先」を主張する流行が起きるのも否定できないわけです。

そして現在、それを明確に否定するだけの法的根拠は自衛隊に与えられていません

演習での徴用

戦争でも災害でも無い時、たとえば演習で自衛隊が民間船舶など公共交通機関を利用することもあります。
特に部隊機動訓練では海上自衛隊の輸送艦だけでなく、民間のカーフェリーもよく利用されますし、東京では地下鉄を使った部隊移動演習が行われたこともありました。

ただし、それも「実際に戦争しているわけじゃないし、戦争の時も強制するわけじゃないから」という但し書きがあらばこそで、普通に団体様が料金を払って観光バスに乗るのと感覚的には変わりありません。

むしろ、そのような演習をしても有事の際に徴用できなければ意味が無いのでは?という指摘があるのは当然の話で、その対策として現在は「高速マリン・トランスポート株式会社」という民間船舶を保有する特別目的会社が設立(2016年)されています。

これは、有事に船会社が協力を拒否されて困るのもさることながら、民間航路を維持する会社が赤字で倒産、保有する船も売却されて有事にそもそも利用できる船が無い、という事態を避けるためでもあるのです。
現在は津軽海峡フェリーの「ナッチャンWorlsd」と新日本海フェリーの「はくおう」の2隻を保有しており、平時は民間航路で運行される一方、演習や災害派遣、そして有事の際には予備自衛官により“特設輸送船”として運用されることになっています。

自衛隊以外の公的機関との連携

先に、民間人や私企業に対して自衛隊が協力を「お願い」はできても「強制」はできないと書きましたが、地方公共団体など公的機関においてはその限りではありません。
むしろ、通称“国民保護法”では有事に必要な措置を採る組織として国(自衛隊も国の組織)と地方公共団体を挙げており、さらに内閣総理大臣は地方公共団体に必要な措置をとらせることを可能にしています。

 

“地方公共団体は、国があらかじめ定める国民の保護のための措置の実施に関する基本的な方針に基づき、武力攻撃事態等においては、自ら国民の保護のための措置を的確かつ迅速に実施し、及び当該地方公共団体の区域において関係機関が実施する国民の保護のための措置を総合的に推進する責務を有する。”(国民保護法第三条2)

 

というわけで、むしろ積極的に協力する義務があるわけです。
ただし、国民に「お願い」するしかない立場には変わりありませんから、むしろ自衛隊など国の機関が必要とする措置を、地方自治体など公共機関が実行に移したり協力する関係にあると言えます。

ただし、ここでも「人権を尊重しなければいけないので協力できない」という自治体(というよりその首長)が出てくることは阻止できません。

実際の有事で超法規的行動は起こり得るか

さて、このような状況で実際に有事となれば、「お願い」してばかりもいられないはずです。

自衛隊の話ではありませんが、2011年の東日本大震災では、茨城県大洗町が防災無線で「避難せよ」と何度も放送したことが話題になりました。
これを聞いた町民は「避難してください、ではなく命令口調なんて、ただ事ではないに違いない」と察して気を引き締めて避難した人も多かったと言われますが、これは当然マニュアルに無いアドリブです。

お願い」では事態の重大さが十分に伝わらないと感じた担当者が咄嗟の判断で行ったこのようなケースは他の自治体でもあり、中には津波に飲まれる直前の役場から「逃げろ」と絶叫したケースすらありました。
法律上、日本には「避難命令」が存在しない(最上級で「避難指示」)ため、本来ならこのような放送で自治体が「避難せよ」「逃げろ」と住民に命令することは無いはずなのですが、現実にはそんなことを行っていられない時もあります。

有事においてもまたしかりで、民間人の誘導や退避指示、車両や船舶を使用するに際して、「限りなく命令に近いお願い」あるいはよりダイレクトに「命令」する超法規的行動は十分ありえます。
大災害にせよ戦争にせよ、人命に関わる重大事には違いありませんから、それが起きた時に自衛隊から「強制的な命令」を受けることはあるはずです。

もっとも、よほど切羽詰まった出来事でも無い限りありえない話ですから、有事に自衛隊からそこまでの態度を示された場合、自分の身にもよほどの危険が迫っていると考えてください。
ヘタに言い争いをするのは後回しにして、超法規的な「強制」が行われた際でも、それが自分の命の安全につながるならば、最優先で従うことをオススメします。

一番困るのは、自分の身の安全よりも「公共の福祉」(全体の利益)を優先した「強制」が行われた場合ですが、その場合はさらに切羽詰まった、自分のみならずより大勢の命がかかっている状況ですから、そこまでの事態が起きた時は、いずれにせよ自分が生き延びられるかは運次第ということになりそうです。

菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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