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2018/03/19

菅野 直人

スウェーデン徴兵制復活、フランスも……各国で異なる事情、日本ではありえるか?

日本人、ことに国際情勢から直接的な影響を受けにくい人であれば、「差し迫った戦争の脅威」と言えば北朝鮮の核兵器や弾道ミサイル、それに中国との尖閣諸島問題くらいでしょう。しかし世界的に見れば現在進行形で戦争している国や地域はもちろん、情勢の変化で戦争に備える必要を感じた国も出てきています。ついに先進国の中でも、スウェーデンとフランスで徴兵制が復活、あるいは復活が真剣に議論されています。日本での徴兵制の必要性と合わせてご紹介します。

スウェーデンとフランスで徴兵制復活

2017年3月、北欧のスウェーデンで「ロシアの脅威が再び高まった」ことを理由に、2010年に廃止された徴兵制を2018年1月から復活させることが決まりました。

この決定は、冷戦終結後の1990年代以降、続々と徴兵制を廃止させる国が相次いでいた世界、ことに西ヨーロッパで情勢の重大な変化が起きたことを知らせ、驚かせたのです。
さらには2018年1月、フランスのマクロン大統領も徴兵制復活を宣言、その実現に向けて動き出しました。

1980年代末からの東欧革命、1991年のソ連崩壊、それによる冷戦終結は世界的に「雪解けムード」を生んできましたが、同時に「東西冷戦」という枠組みの中で引き締められていた部分が緩み、新たな戦争を生むキッカケになったのです。
それでも、長く続いた冷戦の反動で、「当面はロシアが攻めてきそうもない」西ヨーロッパや北欧では各国の事情に合わせ、おおむね2010年頃までに徴兵制を廃止する国が相次ぎました。

それだけに、今回のスウェーデンとフランスの決定は驚きをもって迎えられましたが、それぞれの国の事情は若干異なります。

「ロシアの脅威」スウェーデンの事情


後に中立国として知られ、現在ではそれを公然と放棄しているものの、侵略的な国家ではないとみなされることが多いスウェーデンですが、かつては拡張主義で周辺国に戦争を仕掛ける常連国でした。
しかし、18世紀の大北方戦争(1700~1721年)でロシアを中心とした反スウェーデン北方同盟に敗れてからは拡張主義をあきらめ、ナポレオン戦争(1803~1815年)以降は中立政策を柱にするようになっていますが、大北方戦争以降も常にロシアの脅威を意識してきたのです。

第2次世界大戦勃発直後のフィンランドとロシアの冬戦争(1939~1940年)では、義勇軍を送るなど、スウェーデンにとっての防波堤と言えるフィンランドを支援して当時のソ連から「支援をやめなければ侵攻する」と脅されたこともあります。

また、冷戦時代にも中立は維持していましたが、明確に西側寄りでソ連を中心とした東側諸国への敵対的中立です。
それがソ連崩壊とロシアの西側接近で脅威が薄れ、軍組織を次第に縮小していき2010年には徴兵制を廃止しました。

しかし、ロシアによるウクライナ内戦への介入とクリミア併合(2014年)によって、現在のプーチン長期体制下にあるロシア共和国が、かつてのソ連やロシア帝国同様、拡張主義に転じたことを悟ったのです。
一応、徴兵制廃止後も予備役組織の郷土防衛隊などで最低限の戦力を維持してきたつもりのスウェーデンでしたが、ロシアの脅威に現実味が帯びてくるとなると、コトは国家の存亡に関わります。

そこで例年18歳の男女へのアンケートに応じて志願兵を採用していた制度を変え、2018年1月1日より毎年4,000人を新兵として採用することにしたのです。
ただし、4,000人といっても全員が徴兵ではなく志願兵を含んだ数字で、志願兵が4,000人に満たない分を徴兵で埋めます。

つまり「ロシアの脅威に対して常に一定の数の新兵を確保し、国家による防衛サービスの提供を維持する」という目的があるわけですが、徴兵復活から約半月後には、「有事を想定した各家庭へのパンフレット」まで配布しました。
それだけロシアの脅威が高まっていると同時に、「新たな冷戦時代の到来」を国民に周知しようとしています。

「テロの脅威」フランスの事情


一方、フランスの場合はスウェーデンとは事情が異なり、「テロという脅威への対応」を掲げた徴兵制の復活です。
そもそも2017年春の選挙で当選したマクロン大統領は選挙公約に「徴兵制復活」を盛り込んでおり、当選後の国民調査でも59%が復活に賛成していると言われます。

敵対国と直接国境を接しておらず、泥臭い郷土防衛戦に縁の無さそうなフランスで、近代装備を扱う兵士を徴兵してまで確保する必要があるのか? と言えば、そもそも目的が異なり、治安維持活動のための要員確保などがそのメインとなりそうです。

もともとフランスでは2001年の徴兵制廃止以降も、一定の年齢に達すれば軍に予備役登録を行う義務があります。
これはもともと国民軍によるフランス革命を起こしたお国柄、(日本流に言えば)「いざ鎌倉!」となれば立ち上がるのが当然のことという事情もありそうですが、テロのような突然発生する急場に対して、対応しきれません。

そこで18~21歳の若者を1ヶ月限定で徴兵して短期的な教育、あるいは簡単な軍事教練を行うようですが、「自衛隊の駐屯地で数日間の新入社員研修」を行う企業でそれを体験した人ならわかるとおりで、それでイッパシの兵士になれるわけもなく。

つまりは、若者に対して「国内での対テロ戦争に直面している事実」を教育し、いざ治安維持のために予備役招集となった時に、少しでも役に立ちそうにしておく、あるいは役立ちそうな人材をマークしておく、という意味合いがありそうです。

ただし、1ヶ月限定で順次行うとはいえ、約60万人もいる対象者全員への徴兵と教育は猛烈な予算がかかるため、ドイツと違って緊縮財政を迫られているフランスで可能なのか、という議論は常にあり、完全に実現できるかどうかはわかりません。

対国家間戦争なら強力な最新鋭兵器をその予算で購入した方が安上がりになりそうですが、国内での対テロ戦では後方支援も含め人海戦術も必要になるため、背に腹は変えられない状況です。

この2国だけにとどまらない問題

なお、徴兵制についてはこの2カ国だけに限らず、イギリスやドイツなどでも議論中です。
EU離脱で「ヨーロッパ大陸を孤立」させてしまったイギリスの場合、経済の立て直しと同時に移民増加による失業率の悪化も問題で、金は無いが失業対策も何とかしなくては、という懸念があります。

ドイツは引き続きEUの中核国として、同様の立場にあるフランスと違って経済的には裕福ですが、やはりテロ対策は必要なのと、現在の志願兵制度にも問題が生じているのが現状。

それも志願兵が足りないわけではなく、経済は好調という中で「志願制だと経済的理由などで偏った人材のみが集まりがち」、平たく言えば危険思想の持ち主や常識に欠けた人間ばかり集まっていないか、という懸念があるとのこと。
それを回避するため、徴兵制によって軍の人員水準を常にバランス良くしておきたい、という理由で徴兵制復活が議論されているようですが、さすがにそれだけではメルケル首相も首を縦に振らないのが現状とか。

また、リトアニアやエストニアなど「過去にソ連へ無理やり組み込まれ、死にそうな想いで何とか独立した」という経験のある国は、長い国境線を現在のロシアと接しているだけに、スウェーデン以上に切実な想いで徴兵制を維持、あるいは廃止後すぐに復活しています。
リトアニアの徴兵復活は2015年だそうですから、やはり2014年のロシアのクリミア併合は、周辺各国に「忘れていた何か」を思い出させたようです。

現状は自衛隊員志願倍率3倍以上の日本で徴兵制はありえるか?

最後に、ここまで紹介した国々のような事情が日本にも何かしらあり、徴兵制を復活……というよりは、大日本帝国から日本国になって以来制定されたことが無いので、新たに設ける必要性が出るか、について。

まず徴兵制を導入する理由は「人手不足」が最たるものでしょうが、自衛隊の定員およびその充足率に関わる数字は“平成29年度版防衛白書”および“第195回国会 安全保障委員会 第3号会議録”によれば、以下の通りです。

【定員】

自衛官定員:陸海空合計24万7,154名
自衛官現員:同22万4,422名
充足率:90.8%
定員に対する現員の不足」2万2,732名

【定員外】

即応予備自衛官定員:陸のみ8,075名
即応予備自衛官現員:同4,402名
充足率:約54.5%

予備自衛官定員:陸海空合計4万7,900名
予備自衛官現員:同3万3,142名
充足率:69.2%

予備自衛官補定員:陸海合計4,621名
予備自衛官補現員:同3,151名
充足率:68.2%

ちなみにこの数字の中で、通常の自衛官では幹部(軍隊で言う「士官」、陸海空の三等尉官以上)と准尉が約93~94%、士(軍隊で言う兵士)が約70%、幹部・順位と士の中間職である曹(軍隊で言う「下士官」)だけが約99%。
ほぼ現職自衛官のみで充足しているのは曹のみで、幹部と准尉は1割近く、士が3割を不足しており、ここを定員外の即応予備自衛官以下で充足するわけです。

そして自衛官の定員不足な2万2,732名に対し、即応予備と予備自衛官だけで定数割れとはいえ3万7,544名います。
予備自衛官の全員が招集できず(災害派遣はともかく戦争は嫌だという人もいるでしょう)、仮にそれでも足りない場合でも予備自衛官補もいるわけで、職種の偏りなどはあると思いますが、現状では徴兵制の入り込む余地がありません

しかも毎年の「」の採用人数(平成29年度は7,883名)に対し、2万8,137名の応募が来るという3倍以上の倍率になっていますから、むしろ「平時は予算が無いので士はふるいにかけて1/3のみ採用、有事は予備自衛官で」という形です。

もちろん、将来的には少子高齢化によって「予算を増やしたけど志願者が少ない」という可能性はありますが、まだまだ先の話ですし、国民総中流化の終結で貧困層からの志願は一定層存在し続ける可能性もあります。

ともかく現状では、奇跡的に予算の問題がクリアされて定員が増えたとしても、よほどのことが無ければ志願者だけで自衛隊員を充足できる日本では、(ドイツのように)「人員不足以外の理由」で徴兵制を復活させることは、あまり考えにくいようです。
もっとも、一度「有事」を経験した後でも志願倍率が現在のレベルを維持するとは限らないので、「有事」を発生させないこと、そのための努力を欠かさないことが大事ですが。

菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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