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2018/03/14

菅野 直人

対北朝鮮・対中国で最前線に立つ海上保安庁、その勢力と不安とは

朝鮮半島では北朝鮮が、東シナ海では中国が火種を持ってうろついているような現在の日本周辺の情勢ですが、もちろん日本という国はその防衛力をもって国民を守る義務があります。しかし、戦争が始まりでもしない限り、最前線の表舞台でしのぎを削るのは自衛隊とは限りません。こと海に関する限り、最初にその矢面に立つのは組織があります。軍隊でも自衛隊でも無いとはいえ、西太平洋で無視できない勢力を持つ組織、海上保安庁とは。

日本近海で有数のシーパワー、海上保安庁

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By Rs1421 – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link

Japan Coast Guard(日本国沿岸警備隊)”英語ではこう表記されるのが、日本の海上保安庁です。
陸上を含む港湾地区や河川、湖沼を含む水域を管轄する警察庁などの組織と異なり、港湾や海上で警察・救難活動を行う組織であり、防衛省ではなく国土交通省の外局となっています。

そもそも日本と統治する海域での治安維持・救難活動等は日本海軍が主に担当していましたが、1945年8月15日の第2次世界大戦敗戦、および軍事力の解体によって、一時日本周辺海域の治安維持組織は存在しない状態になっていました。

もちろん敗戦直後の日本はGHQ(連合軍総司令部)の統治下にあったため、厳密に言えば日本による組織が存在しない以上、GHQがそれを担当すべきでしたが、現実には海上で十分な治安維持は行われず、海賊行為や密輸などが横行する有様だったのです。

そこで1946年から不法入国などを取り締まる組織が運輸省(現・国土交通省)内に誕生し、それを母体として1948年、日本周辺海域での治安維持、救難を目的とした組織、海上保安庁が創設されました。

かつてはGHQ統治下、独立回復後も日本近海での活動に限定されてきましたが、プルトニウム輸送やインドネシアのマラッカ海峡での海賊対策などといった業務の必要性上、2018年現在は特に日本近海と活動範囲を限定しなくなっています。

同じく業務上の必要性から、離島など警察官が常駐しない陸上での活動も認められており、時代に応じて柔軟に活動範囲を広げ、防衛省や警察などと協力しつつ日本とその影響が及ぶ地域での治安維持や救難活動を担うのが、現在の海上保安庁です。

軍事力か警察力か?

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By shampoorobot – 投稿者撮影, GFDL-no-disclaimers, Link

海上保安庁は武装した巡視船や、同じく不審な船舶などへの臨検(乗り込んで積荷などの検査)を行う必要性から武装した職員が存在するため、「軍事力の一種」と考えている人が国民の中にも多く、国際的にも準軍事組織と解釈されることが少なくありません。

実際、創設期には戦時中に日本沿岸部や港湾にバラまかれた機雷を除去、GHQの命令で国連軍指揮下に入り朝鮮戦争にも参戦した掃海部隊を傘下に収め、海上自衛隊の前身である海上警備隊も、当初は海上保安庁の傘下組織だったという歴史もあります。

しかし、朝鮮戦争後に海上警備隊は掃海部隊ともども海上自衛隊として防衛庁(現・防衛省)の組織として独立、海上保安庁から軍事力は取り除かれました

その後も警察力の行使、すなわち不審船や違法入国者に対する威嚇や、必要な場合は抵抗力の排除を目的とした武装の使用が認められていること、警察力としては威力の高い武装を施した巡視船、捜索能力の高い航空機などを保有はしています。

ただし、それらはあくまで「軍艦」でも「軍用機」でも無く、所属している人員も海上保安庁職員であって、軍人でないことはもちろん、自衛隊員でもありません。
その意味から海上保安庁では自らを軍事力とは認めておらず、法的にも軍事力では無いという意味で明記されており、職員が国内外で軍事組織の構成員として活動することも無いため、あくまで「海上の警察力」に留まります。

有事の際は国土交通省を離れて防衛省の指揮下に入る可能性もありますが、あくまで治安維持の円滑化のため「縦割り行政」を避けるのが目的で、例えば護衛艦と巡視船が共同で外敵と交戦するような事態までは想定されていません(少なくとも現在は)。

ただし、東アフリカのソマリア沖で自衛隊が行っている海賊対処任務に当たっては、自衛官に海賊に対する司法警察権(逮捕など司法手続き)を与えていないため海上保安官が同乗しており、任務の性質によっては自衛隊との共同行動は既に行われています。

ただし、それも「海上自衛隊が警察行動を行う時、許可されていない部分は海上保安官が代行する」に留まるので、これをもって「海上保安庁は軍事力であり、それを行使している」とは言えません。

保有する船舶と航空機

その一方で、海上保安庁は東アジアでも有数の警備用・救難用などの船舶や航空機を所有しています。
その主なものだけでも以下の通りです。

【船舶】

・6,500トン級大型長距離巡視船(ヘリコプター2機搭載)-“しきしま”級2隻+建造中2隻
・5,300トン級大型巡視船(ヘリコプター2機搭載)-“やしま”級2隻
・3,700トン級砕氷巡視船(ヘリコプター1機搭載)-“そうや”
・3,700トン級巡視船(ヘリコプター1機搭載)-“つがる”級12隻
・3,500トン級災害対応型巡視船-“いず”
・3,000トン級練習巡視船-“みうら”、“こじま”
・2,000トン級高速巡視船-“ひだ”級3隻
・1,000トン級高速巡視船-“はてるま”級9隻、“あそ”級3隻
・1,000トン級巡視船-“えりも”級7隻、“くにがみ”級18隻、“いわみ”級6隻
・その他1,000トン未満の巡視船、巡視艇、その他船艇多数を含め、合計450隻以上

【航空機】

・捜索/監視/連絡用固定翼機-ガルフストリームV、ファルコン900など70機以上
・救難/監視/輸送ヘリ-スーパーピューマ332、シコルスキーS76、ベル412など40機以上

以上、航空機の数こそ少ないものの、船舶数では海上自衛隊を上回っています。予算のかかる軍艦型構造や重武装を施した船舶はそう多くなく、航空機も全ては非武装(ヘリに武装した職員の小火器があるくらい)です。

補給艦や母艦的機能を持つ船舶、潜水艦なども無く、後方支援能力も限られるため、予算や人員は海上自衛隊よりはるかに少なく、人員など1/3以下となっています。
つまり、最前線に出動できる船舶は多く小回りも効くものの、それはあくまで「多数の派出所やパトカーを持つ警察」のようなものであり、軍事力として強力という意味ではありません。

不審船との「海戦」の教訓

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By nattou – 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link

とはいえ1990年代以降、東シナ海や日本海での北朝鮮のものと思われる不審船の追跡や、東シナ海で中国の漁船や中国海警局の船舶への監視、小笠原諸島周辺での中国漁船違法操業、マラッカ海峡など海外での海賊対策など、最前線での緊迫した状況が増えています。

それが最高潮に達したのが2001年12月に発生した「九州南西海域工作船事件」で、東シナ海で威嚇射撃にも応じず逃走を続ける不審船に対し、停船させるための船体射撃を行ったところ不審船が小銃や機関銃、ロケット弾に至る使用可能火器で反撃してきた事件です。

もちろん巡視船も正当防衛として応戦して激しい銃撃戦となりましたが、逃げ切れないと見た不審船は自爆沈没、後に引き上げられて北朝鮮の工作船と判明後、2018年3月現在は横浜海上防災基地内の「海上保安資料館横浜館」(工作船展示館)に展示されています。

この「双方が銃撃を交わす実戦」は現在まで存続している海上保安庁組織としては、1953年のソ連工作船を銃撃、停船させて拿捕した「ラズエズノイ号事件」以来です。

この時に北朝鮮工作船と交戦した巡視船3隻中、唯一防弾装甲を持たなかった“あまみ”は船橋や機関部に激しいダメージを受けて負傷者3名を出す事態となったのが問題となりました。
それを教訓として巡視船の高速化、相手の射程外から射撃できるよう武装の長射程化や防弾装備の強化が行われるようになっています。

日本では創設以来、自衛隊が「交戦」したことは(少なくとも公式には)一度も無いため、海上保安庁は日本で海外の軍事組織と交戦した唯一の組織であり、今後も「不意の交戦」に巻き込まれる可能性が高いことが予想されます。

求められる一層の強化

軍事組織では無いのに、あるいは軍事組織では無いがゆえに「常在戦場」である海上保安庁ですが、近年は北朝鮮や中国船籍の民間船、公的機関の船舶に対する対処で多忙を極め、どれだけ人員装備があっても足りないという状況が続いています。

そこに両国の軍事力まで加わっているので自衛隊はそちらに対応せねばならず、仮に海上自衛隊に海上保安庁の一部業務を肩代わりさせようにも、双方ともに余裕が全くありません。

さらには海上保安庁の巡視船の中でも、ヘリコプター巡視船の一部(“つがる”級の初期建造船や、砕氷能力を持つ巡視船“そうや”)の老朽化は深刻で、護衛艦ならとっくに退役しているような1970年代に収益した巡視船を未だに使っている状況です。

小回りの効く1,000トン級以下の高速・防弾巡視船は何とか更新しており、軍艦構造を持ち重武装のしきしま級大型長距離巡視船の増備も進めていますが、中国漁船団など「相手が多すぎて対応しきれない」場合もあります。
海上保安庁以外にも水産庁が漁業監視船を増強するなどしていますが、これらは非武装のため、監視や警告以上のことはできません。

防衛力強化の一方で海上警察力の強化も急務になっているのが現在の日本の実情ですが、この記事の最初の方で書いたように「海上保安庁も軍事力と誤解されている面があるためか、なかなか対策が進んでいないのが実情です。

その一方、尖閣諸島沖に出没する中国海警局の哨戒船(海上保安庁の巡視船に相当)など、より大型重武装の最新船が続々登場しているので、このままでは軍事力でも警察力でも「日本近海の制海権」を維持できなくなる可能性があります。

この現状を打破するため、「海上保安庁は軍事力ではないから」と裏方に徹してばかりではなく、より前面で危機感をアピールすべきでは無いでしょうか?

菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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