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2018/02/19

菅野 直人

「空母いぶき」(小学館ビックコミックス連載中)5つの疑問!

ある日突然、尖閣諸島と先島諸島に攻めてきた空母「広東」など中国人民解放軍北海艦隊、それに対して日本も最新鋭空母「いぶき」など海上自衛隊第五護衛隊群を中核に奪還作戦を発動するが!? ビッグコミックスで人気連載中の漫画「空母いぶき」における、軍事上の疑問を5つほど考えてみます。

「いぶき」はいずも改設計型?スペックの妥当性

画像はモデルとなったいずも型護衛艦
By Kaijō Jieitai (海上自衛隊 / Japan Maritime Self-Defense Force) – http://www.mod.go.jp/msdf/formal/gallery/ships/dd/izumo/183.html, CC 表示 4.0, Link

物語の中心となっているのは、海上自衛隊がはじめて保有する航空機搭載型護衛艦DDV192「いぶき」、一般的な用語で言えば「空母」そのものです。

現実世界で海上自衛隊が保有する最大の戦闘艦艇、「いずも級ヘリコプター護衛艦」をベースに、STOVL機(短距離離陸・垂直着機)ロッキードF-35B運用のための改設計を施した、実質的には「いずも」(DDH183)「かが」(DDH184)に続くいずも級3番艦。
F-35Bを発艦させる際に、短距離滑走でも燃料や弾薬など可能な限り搭載重量を増すことが可能なスキージャンプ甲板を装備しています。

ただし、その位置はヨーロッパやタイの配備するSTOVL空母や、ロシアや中国が配備するSTOBAR(短距離発艦・通常着艦)空母とは別で、艦首いっぱいの位置にスキージャンプ甲板を伸ばしていません。
いずも級で言えば前部エレベーターから先が浮き上がり、徐々に勾配を増す形で、ヘリコプター発着甲板最前部がそのままスキージャンプ甲板の先端となっています。

これにより、いずも級では5機の同時発着を可能としていたヘリ発着スポットは4箇所に減らされ(1巻。2巻以降では間隔を詰めて5箇所スポットが描かれているが、現実的ではない)、ヘリ空母としては能力が低下するとともに、スキージャンプ甲板から先の甲板平坦部が、右舷全部CIWS(対空機関砲)を除けば全くのデッドスポット化。

これはあまり効率のいい形とは言えず、類似のレイアウトを採用したのは建造中の改設計でスキージャンプ甲板を装備した初期のSTOVL空母、イギリスのインビンシブル級くらい。
武装(CIWS2基、SeeRAM近接迎撃ミサイル発射機2基)も含め、「いぶき」はいずも級にF-35B運用のための最低限の設計変更のみで完成させた、割と急ごしらえの空母と言えます。

「空母いぶき」の世界では日本周辺の国境や領土問題にアメリカが積極的に関与しないので、自力防衛のため急きょ組まれた「ペガソス計画」によって建造された空母なので、全くの新設計艦を建造する時間が無かったのでしょう。

そうなると、格納庫もいずも級同様に長さ125m、幅21mということになります。
参考までに、イギリスの最新鋭空母「クイーン・エリザベス」の格納庫長は163m、幅29mで、最大搭載機数はF-35Bが30機と各種ヘリコプター10機を予定していますが、「いぶき」の固有艦載機はF-35B15機のみ。

前部エレベーターの昇降スペースを確保した上で、全長15.4m、全幅10.67mのF-35Bを収めるのは単純に2列渋滞ですとギリギリですが、斜めに並べると案外スンナリ収まりそうです。
3巻にはSH-60ヘリ3機を飛行甲板から発進させていますが、それも含めるとギリギリでしょう。

ただし、整備やエレベーターを使った飛行甲板への迅速な移動は難しそうで、全機格納庫に収容するケースは台風など悪天候時のみ、普段は飛行甲板に数機露天駐機しておくのが現実的でしょう。

全く不明な「いぶき世界の国際情勢」どうなってる?

前項で書いた通り、「いぶき世界」でのアメリカは、日中の領土紛争などアジア地域での国境・領土問題に関して積極的な関与を行わないという外交方針をとっています。

そのため、中国軍が先島諸島の与那国島、多良間島と、尖閣諸島も占領した段階で日本から「事態の推移によっては力を借りるかもしれないが、現時点で日米安保条約は発動しない」とホットラインで通達して以来、何もしていません。

後は中国が日本に対して「尖閣諸島は中国固有の領土である」に加え、「琉球は日本領であり、そこまでの領土的野心は持たない。」つまり、尖閣諸島だけは中国領として認めろと迫っています。

ただし、「いぶき世界」で読み取れる国際情勢や各国の外交的立場はその程度であり、それ以外の各国がどのような状況にあるか今ひとつ判然としません。

先島諸島近辺に周辺各国の潜水艦などが情報収集のため展開していることが伺える場面があるので、現実世界と同じく台湾も含め存続していることはわかります。
ただ、与那国島への空挺部隊侵攻時に台湾から何の警告も無かったことなど、現実世界と同じ国際情勢とは思えない描写もあり、「いぶき世界」では日本や中国がどのような国際的立場にあり、どのような影響力を行使可能なのか、全くの未知数です。

国連安保理の場面も登場しますが日本を積極的に支援するような動きは無く、中国の経済的・政治的影響力は現実世界より強大なのではないでしょうか?

北海艦隊はなぜ、尖閣だけでなく多良間島と与那国島を占領したのか?

侵攻作戦は中国軍の中でも海軍北海艦隊単独で進められており、南海艦隊など他の戦力を使わないよう、中国共産党中央指導部から伝えられる場面が出てきます。

そのため中国軍の中でも全ての戦力をつぎ込めるわけではなく、海軍航空隊や地上戦力も保有するとはいえ、ほぼ独力で戦わねばならない北海艦隊は、なぜ多良間島や与那国島を占領し、戦力を分散させたのでしょうか?
この疑問に対する回答は明確で、尖閣諸島の占領のみを行った場合、自衛隊も尖閣のみに戦力を集中可能なため、奪還作戦が容易、最悪でも現地住民がいないことにより、単純化が可能になります。

自衛隊としては有人島である多良間島と与那国島を無視して尖閣奪還作戦に注力するわけにもいかず、国内世論への対策上も、まずこの2島を奪還して国民を解放しようという姿勢を見せなければなりません。

ただし住民が存在するゆえ占領した中国軍に対する攻撃も、住民を巻き込まないよう慎重にならざるをえず、残置謀者(有事に敵占領下でも活動可能な情報員)と協力して、限定的な空爆や陸自の特殊作戦群(与那国島)、水陸機動団(多良間島)を投入しています。

「いぶき」を中心とする第五護衛隊群もまずはこの2島に投入される部隊の支援に忙殺され、結果として中国軍に尖閣諸島の防備を固める時間を与えました。
後に艦砲射撃で尖閣の中国軍にも打撃を与えていますが、自衛隊が中国軍に主導権を握られ、常に後手に回っている状況はなかなか変わりません。

戦力的に劣勢な自衛隊へ戦力の分散を敷いて、どこを奪回しようにも決定打を与えさせないという戦略は、とりあえず成功したと言えるでしょう。

「いぶき」以外が異常に弱くて旧式な自衛隊、なぜ?

作中でとにかく疑問なのは、「いぶき」を除く自衛隊の戦力があまり登場せず、出てきても非常に限られていることです。

前項で紹介したように、与那国島には特殊作戦群が、多良間島には水陸機動団が上陸し、与那国島にはその後第一空挺団による本格奪還作戦が始まる予定もありました(ただし、待機していた下地島空港でC-2輸送機が破壊されたため、今後は不透明)。

さらに航空自衛隊は「いぶき」搭載の第92航空団F-35Bが15機、後に下地島に第9航空団から1個飛行隊12機のF-35JAが展開して先島諸島の上空支援を第92航空団から引き継いでいます。

後は呉(広島県)を出撃した第四護衛隊群が第五護衛隊群の「後詰め」(増援)として戦場に到着しましたが、実際には第五護衛隊群の損傷艦補充をしただけで、戦闘には関与していません。
それ以外の自衛隊の戦力は、どこに行ってしまったのでしょうか?

沖縄の那覇に配備されている第9航空団2個飛行隊は、1個飛行隊を下地島空港に展開後、中国軍の攻撃で同空港が被害を受けた後も増援を出していませんが、沖縄本島防衛を考えれば、同航空団の残る1個飛行隊が動けないのは当然です。

しかし、航空自衛隊にはほかにも対艦ミサイルを装備可能なF-2戦闘機が3個飛行隊ありますし、上空支援には旧式ながらF-15Jも使用可能で、それらを本土から抽出しないのでしょうか?

常に第五護衛隊群を支援するAWACS(空中早期警戒管制機)や、作中序盤で撃墜されたRF-4EJ偵察機を除けば、ほとんど航空自衛隊は出てきません。

海上自衛隊も同様で、第一護衛隊群(横須賀)、第二護衛隊群(佐世保)、第三護衛隊群(舞鶴)は全く登場せず、第四・第五護衛隊群と、海陸機動団を上陸させたおおすみ級輸送艦のみ。
第三護衛隊群は北朝鮮への警戒を求められますから動けないとして、本来もっとも近い第二護衛隊群、横須賀から出撃していてもおかしくない第一護衛隊群はどこにいるのでしょう?

既に奪還部隊が登場している陸上自衛隊も無縁ではなく、与那国島に監視部隊が配備されていれば、同時期に石垣島に展開しているであろう、高射部隊(地対空ミサイル部隊)や対艦ミサイル部隊も何の役割も果たしていません。
あるいは石垣島を戦火に巻き込まないよう、決定的局面までは沈黙しているのかもしれませんが。

さらに言えば、第五護衛隊群の「いぶき」を除く戦力は「あたご」「ちょうかい」のイージス艦2隻はともかく、通常型護衛艦は「ゆうぎり」「せとぎり」と旧式のあさぎり級護衛艦のみ。
これは紛争勃発当時の第五護衛隊群が訓練出動していたための臨時編成である……とも解釈できましたが、被弾損傷した「せとぎり」に代わり、後詰めに来た第四護衛隊群から派遣されたのが、またあさぎり級の「あまぎり」です。

本来なら、イージス艦ほどではないものの、優れた防空能力をほこる「あきづき」級や、それに準ずる「むらさめ」級や「たかなみ」級など新世代護衛艦があるはずで、ここまで旧式艦のオンパレードだと、そもそも新世代護衛艦の調達に問題が生じている可能性があります(潜水艦は最新鋭を揃えているようですが)。

つまり、「いぶき世界における自衛隊」は、「いぶき」やその搭載機、離島奪還部隊、さらに弾道ミサイル攻撃に対処する戦力整備で手一杯で、現実世界で保有している戦力は予算不足で大幅に削減されている世界なのかもしれません。

見た目の戦力としては派手な「いぶき」などを整備した結果、総合的な戦力が低下して中国軍侵攻を招いたとしたら、随分皮肉な話です。

中国空母「広東」機動部隊は現実にありえるか?

さて、最後に中国軍の戦力についてですが、作中最大の敵として君臨する空母「広東」と、それを中心とした機動部隊について。

中国海軍北海艦隊は、現実世界で2018年2月現在唯一の保有空母「遼寧」が「いぶき世界」でも配備されており、加えて主力は「広東」、さらに作中では出撃していませんが、南海艦隊に「広東」の2番艦「天津」もいます。

現実世界で「広東」に相当するのは大連で既に進水して艤装工事中の「002型空母」があり、その2番艦ないし改良型も起工したと伝えられ、これが「いぶき世界」での「天津」に相当しそうです。
海上自衛隊の空母「いぶき」は2018年2月現在では建造計画すら存在しない全く架空の艦ですが、中国海軍の「広東」「天津」は、正式艦名こそ不明なものの、既に現実のものとして建造が進んでいます。

それらの護衛艦もミサイル巡洋艦からフリゲート艦まで続々と就役、あるいは建造が続いており、「空母いぶきは架空でも、中国軍は作中通り、あるいはそれ以上の整備が進んでいる」と言えるのが現状です。

中国海軍が今後の活動と場としたいのは、尖閣諸島周辺など東シナ海以外でもインド洋や北極海があります。
そのため、作中のように「ある日突然中国軍が攻めてきた!どうしよう?」というシナリオが現実のものになるには、まだまだ時間が必要です。

軍事的に「これはどうか?」という疑問が多い漫画「空母いぶき」ではありますが、中国軍の脅威だけはその通り受け止めたほうがよいかもしれません

菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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