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2017/09/13

菅野 直人

大きいことはいいことだ!世界の巨砲5選

今でこそミサイルやロケット弾、あるいはICBM(大陸間弾道弾)などに主役を奪われ、現実的に運搬や自走が容易なものばかりが残った「大砲」ですが、大威力かつ巨大な「巨砲」は一種の芸術品として目を奪う存在です。今回はその中から5種類ほどピックアップして紹介しましょう。

890mm榴弾砲 ツァーリ・ブーシュカ(ロシア)

Tsar Pushka 2005.jpg
パブリック・ドメイン, Link

数ある「巨砲」の中には、「どうだ大きいだろう!すごいだろう!」という目的のみで作られたものもあります。特に輸送手段が限られた時代はあまりに巨大でも戦場まで持っていけませんし、それを見た民衆が「おおすごい、こんだけの大砲があれば我が軍は無敵だ!」と思ってくれればそれでいいわけです。

その代表格が今でもロシアはモスクワ、クレムリン宮殿に展示されているツァーリ・プーシュカ(大砲の皇帝)。砲口径(砲口の直径)890mmはギネスブックにも掲載された世界最大の大砲で、一応「クレムリン防衛用」としてグレープショット(ブドウ弾。大砲から発射する散弾)を撃つことになっていましたが、展示されている砲の前には巨大な丸弾も置かれています。

どのみちグレープ・ショットなんて射程距離の短い弾の届くとこまで敵兵に押し寄せられたらクレムリンなんてオシマイな気もしますが、象徴ですから別に良かったのでしょう。

実際には発砲できないとか、撃てば砲身が裂けるとも言われますが、一門こっきりしか作られていないので実際にどうなのかはわからず、誰も気にしていません

914mm超重迫撃砲 リトル・デーヴィッド(米)

Little-david an US siege mortar world war II.jpg
パブリック・ドメイン, Link

砲口径としては世界最大、もちろん迫撃砲としても世界最大なのが914mm(36インチ)迫撃砲リトル・デーヴィッド

第2次世界大戦中盤以降、太平洋戦線で反撃に転じた米軍は日本軍が守備する島への上陸作戦でどれだけ入念に砲撃や爆撃を行い、それこそ地形が変わるほど破壊してもなお日本兵が生き残って組織的な戦闘で頑強に抵抗するのに業を煮やしていました。

そこで、普通の砲弾や爆弾では地表をちょっと削る程度で、隠れられたら意味が無いことに気づき、1944年3月より陣地ごとクレーターを作るレベルで深く吹き飛ばす大砲を開発します。

その間にも硫黄島や沖縄で日本軍の洞窟陣地に苦しめられる米軍ですが、相手の大砲などをピンポイントで破壊してしまえば攻撃力が大したものでもないことや、その後はブルドーザーで生き埋めにしたり、火炎放射器で焼き払えば済むような気がしてきました。

それでも日本本土決戦ともなれば、それ以上の頑強な抵抗が予想されることから開発が続行されたリトル・デーヴィッドですが、結局日本が本土決戦を行わずに降伏したので、出番が無くなります

そうなると、砲威力はともかく発射可能にするまで現地の測量から土木工事まで大規模な準備が必要になるリトル・デーヴィッドは無理して使うほどでも無くなり、そのままお蔵入りになってしまいました。

試製四十一糎榴弾砲(日)

Experimental 41-cm-Howitzer.JPG
By Imperial Japanese Army – http://www3.plala.or.jp/takihome/41how.html, パブリック・ドメイン, Link

実戦投入されたものの中では世界最大級の要塞砲で、日本陸軍が開発。1926年に完成して試射も成功したものの、ワシントン条約(1922年)で建造中止となった最新鋭戦艦の41cm砲が陸軍の要塞砲に転用(砲塔四五口径四〇糎加農砲)されたため、一時は試作止まりでお蔵入りになりかけます。

しかし、1930年代になってソ連が満州国境近くのシベリア鉄道のルートを変更、それまでの大砲の射程外になってしまったため、いざ戦争という時にシベリア鉄道を破壊する計画が空振りになりかけました。そこで、虎頭要塞に配備すれば迂回ルートのイマン鉄橋すら破壊できるとして試製四十一糎榴弾砲の極秘配備が決まり、1942年に秘密兵器として転用

1945年8月8日にソ連が対日宣戦布告して侵攻を始めると虎頭要塞はその真価を発揮し、使用可能な重砲全てをもって戦闘開始。試製四十一糎榴弾砲もついに沈黙を破って11発目の砲撃でイマン鉄橋を破壊、その最重要目的を果たします。

その後も砲身が裂けるまで百数十発の射撃を行い、要塞そのものも10倍以上のソ連軍を相手に2週間以上も抗戦を続け、日本陸軍要塞砲兵最後の戦いを飾ったのでした。

80cm列車砲グスタフ / ドーラ(独)

GeschützDora2.JPG
By Scargill投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, Link

世界最大の列車砲で、砲口径こそ前述のリトル・デーヴィッドより劣るものの、砲システム全体や砲弾重量で見れば世界最大の巨砲

列車砲とはいえ、既存のレール上で射撃するのは大きすぎ、複線(列車2本分の線路)を敷設する必要があったほか、射撃だけで1,400人、その支援にも4,000人が携わり部隊指揮官は少将という大部隊でした。

それだけに運用には非常に手間暇がかかり、発砲さえできれば確実に敵へ大損害を与えることができたものの、移動も容易では無かったことから、製造された「グスタフ」「ドーラ」は2門とも敵の鹵獲を避けるため自爆しています。

なお、もっとも活躍したのはセヴァストポリ(2014年にウクライナからロシアが奪取したことでも有名なクリミア半島にある)要塞攻囲戦で、1942年6月に「グスタフ」が60cm自走臼砲カールなどとともに投入されました。

グスタフが放つ80cm砲弾の威力は凄まじく、それまでドイツ軍を苦しめていたソ連の要塞砲を粉砕し、要塞攻略を成功させる立役者となっています。

2B1 Oka 自走420mm迫撃砲(ソ連)

2B1 oka.jpg
By One half 3544投稿者自身による作品, パブリック・ドメイン, Link

第2次世界大戦後、要塞砲や列車砲はその役目を終えて輸送が容易なサイズの火砲や自走砲に転換していきますが、その中でも巨砲でなければいけない任務がありました。

それが「戦術核砲弾の運用」で、「原子砲」とも呼ばれ、米軍でも核砲撃用の280mmカノン砲M65(1952年)が開発され、ソ連では406mm自走カノン砲2A3コンデンサトール2P(1956年)が開発、それぞれ配備されています。

しかし試作止まりの中にはそれより巨大な砲もあり、1957年に2B1 Oka 自走420mm迫撃砲がソ連で開発されました。砲身長は実に20mにも及ぶ、現在に至るまで世界最大級の自走砲ですが、その時代になると核砲弾は軽量化されてもっと小型の大砲でも撃てるようになり、かつ戦術地対地ミサイルの登場で、大砲で核砲弾を発射する意義が失われました

結局、そうしたミサイルや、有名なスカッドやフロッグなど短距離弾道弾の登場で、本当に「巨砲」はその役割を終えたと言えます

菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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