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2017/03/8

菅野 直人

懐かしの仮想戦記名タイトル(2)~八八艦隊物語-横山信義-

仮想戦記には作者オリジナルの全く新規、あるいは既存兵器を大改造したりその延長線上で新開発、またはタイムスリップによって登場する「超兵器」が登場するものも多数あります。
歴史や時代考証を思い切って無視した上で、そうしたファンタジーを楽しむのも一興ですが、現実の計画から「ありえた未来」を紡ぎ出す仮想戦記のリアリティに魅力を感じる人も少なくありません。

これを「長門」と命名す

1990年代に刊行された仮想戦記の中で、ファンタジーとリアリティのバランスをうまく取った傑作のひとつと言えば、横山信義の「八八艦隊物語」を選ぶ人も多いでしょう。

大正時代の日本海軍に現実に存在した超弩級戦艦8隻・超弩級巡洋戦艦8隻を中心とした「八八艦隊計画」。

後に海上自衛隊が護衛艦8隻・対潜ヘリコプター8機からなる護衛隊群4個を整備する計画が「八八艦隊」と呼ばれたように、日本の海軍戦力に興味を覚えたり、研究した経験のある者であれば、その名を知らぬ人はいないでしょう。
その「八八艦隊計画」が現実に実現すれば。

そして、それにより空母機動部隊が存在しないどころか、航空機で戦艦を撃沈することなど思いもよらない戦艦第一主義「大艦巨砲主義」のままで、太平洋戦争が推移していたならば?

それを描ききったのが「八八艦隊物語」であり、その舞台は八八艦隊一号艦「長門」の誕生に始まります。

ワシントン条約からローマ条約へ


史実では日本だけでなく米英をはじめ世界各国が戦艦の大建造計画を進めており、第一次世界大戦を勝ち抜いてなお余力のある列強全てがそれに加わっていると言って良い状況でした。

戦艦が増えればそれを補佐、あるいは護衛するする補助艦艇も大増強されるのは当然のことであり、そうした国家予算を遠慮無く湯水のごとく投じる常軌を逸した「大海軍計画」に各国の財務担当者は悲鳴を上げます。
と、ここまでは史実の通り。

しかし、当作品では「日本の戦艦保有数、対米英6割」で決着したワシントン条約は決裂し、その数年後に改めてローマ条約が締結されるまで、戦艦建造競争は続くのです。

その結果、軍拡が止まるまでに八八艦隊はあらかた建造が終わる…かといえばそうではありません。

現実には米国の三年計画、通称「ダニエルズ・プラン」により建造されたサウスダコタ級戦艦6隻、コロラド級戦艦4隻、レキシントン級巡洋戦艦6隻の計16隻がほぼ整備を終えており、それ以前の戦艦を含めると30隻ほどの大勢力になってしまいます。

日本が金剛級巡洋戦艦など旧式戦艦8隻に八八艦隊計画艦16隻を加えても24隻に過ぎないことから、ローマ条約では八八艦隊計画艦の建造が許される代わり、その主砲口径は16インチ以下(これは史実のワシントン条約と同じ)に抑えられたのでした。

なお、その時点で日本の八八艦隊計画艦は長門級2隻と加賀級2隻の戦艦4隻と、天城級巡洋戦艦4隻の整備が進んでいたに過ぎず、全艦の就役は1939年(昭和14年)までかかります。

実際の日本の国力を考えれば全艦整備も怪しいところなので、ここは妙にリアリティのあるところですが、著者が2010年代にセルフリメイクした「八八艦隊海戦譜」では、戦艦以外の艦艇や航空兵力をさらに大掛かりに削減しました。

マーシャル沖海戦で大勝するも?!


さて、作中では太平洋戦争に突入直後、マーシャル沖海戦で日本海軍連合艦隊と米海軍太平洋艦隊が大激突!

正統派戦記で真っ先に撃沈される常連の扶桑級戦艦2隻が撃沈されるも、22隻中11隻の戦艦を撃沈、その他の戦艦や巡洋艦以下のほとんども鉄屑のようにした連合艦隊が大勝利します。

日本はローマ条約を破って18インチ砲(史実の大和級戦艦と同じと思われるので、実際は18インチ=45.7cm砲ではなく46cm砲)を搭載した伊吹級巡洋戦艦を投入したこと。

さらに、史実より遅れて整備されている「飛龍」「蒼龍」などの空母群が、対潜哨戒用を除き艦載機を全て零戦や九六艦戦で占めた「オール・ファイター・キャリアー」戦術が大当たりして、米艦隊に弾着観測機を飛ばせなかったのも勝因です。

しかし、小規模な修理で復帰できる戦艦がほとんど無い米海軍は、空母を中心とした高速艦隊や潜水艦によるチマチマとした嫌がらせ作戦に移行。

これに苛立った日本海軍は後に致命的なミスを冒し、そこからズルズルと劣勢になるという、史実のミッドウェー海戦以降と同じ経緯を辿っていくのでした。

見どころの大半を占める、ありえない砲撃戦


ちなみに、当作品では数度の艦隊決戦を経て最終的に日本海軍連合艦隊は壊滅していくわけですが、恐るべきはそのたびに投入される恐るべき密度の戦力です。

米海軍はともかく、日本側も毎回戦艦以下の大艦隊と、あらん限りの航空戦力を動員するのですが、史実でも内地や重要な根拠地に備蓄がほとんど無く、機動部隊を動かすだけで苦労した燃料問題をどう解決したのか?という点で若干リアリティに欠ける部分もあります。

しかも、米国を中心とした連合軍が明確に「日本の補給力の弱さ」を突いてくるので、作者もその問題は認識していたはずなのですが、そこをあまり真剣に考えると「八八艦隊」は成り立たない、最大のファンタジー要素と言えるかもしれません。

もっとも、そこをファンタジーで乗り切ったおかげで景気の良い大砲撃戦が行われるのですから、そこは甘く見るべきでしょう。

もし八八艦隊が実際にあったとしたら、内地にいては燃料が無く、外地では修理や整備が難しいという問題に直面して、集中した戦力発揮は難しかったと思います。

魅力的な脇役と外伝


ところで、当作品には数少ない架空兵器として高速雷撃艇「瀑竜(ばくりゅう)」や、史実では空母として完成した「雲龍」が雷撃艇格納庫と艦尾発着ゲートを設けた雷撃艇母艦として登場します。

これは1960年あたりの少年誌の付録についてきた架空兵器本に「雷撃艇母艦」としてそのまま登場していたので、それが元ネタでしょう。

81cm酸素魚雷を搭載した高速魚雷艇として戦場を疾駆する「瀑竜」は作中のトラック沖海戦などで活躍しますが、この瀑竜隊をテーマにした外伝「瀑竜戦記」も書かれています。

また、外伝としては他にも対日参戦したソ連に蹂躙される満州で在留邦人避難の時間を稼ぐ日本陸軍戦車隊の活躍を描いた「鋼鉄のメロス」

艦隊決戦での出番を失い対戦車攻撃に活路を見出した九九艦爆隊が活躍する「鋼鉄のガルーダ」
戦後米戦艦フロリダとなった戦艦「信濃」のその後を描いた「鋼鉄のキメラ」

そして、当作品より先に出版され、結果的には後日譚として1990年代のロシア海軍と米海軍の戦艦による砲撃戦、そして航空自衛隊による「史上初の航空機による作戦行動中の戦艦撃沈」を描いた「鋼鉄のレヴァイアサン」があります。

いずれも見ごたえのある作品ばかりですので、「八八艦隊物語の世界」を堪能するのであれば、全て揃えたほうが良いでしょうね。

まとめ


「長門」の進水式をプロローグとして始まる当作品ですが、最後のエピローグもまた、太平洋戦争を唯一生き延びた八八艦隊計画艦として、ビキニ環礁の原爆実験で最後を迎える同艦が終わりを告げます。

史実でも日本海軍の栄枯盛衰を伝えるような生き証人として残存した「長門」ですが、それゆえにマニアにとっては「大和」以上に情が注がれる存在なのかもしれません。

後のリメイク版「八八艦隊海戦譜」がリアリティにこだわりすぎた結果、物語的要素や人間味の描き方が少々淡白に感じますから、両方のシリーズを揃えて対比してみるのも一興ですね。

筆者としては、せっかくのフィクションなのですから、感情移入するためならば少々ファンタジーが過ぎるくらいで良いと思うのですが、皆さんならどちらの作品に軍配を上げるでしょう?

八八艦隊物語1 栄光 (C★NOVELS)

八八艦隊物語2 暗雲 (C★NOVELS)

八八艦隊物語3 奮迅 (C★NOVELS)

八八艦隊物語4 激浪 (C★NOVELS)

八八艦隊物語〈5〉弔鐘 (中公文庫)

菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。
撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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