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2018/10/1

菅野 直人

軍事学入門『宇宙の軍事利用』

今や日本ですら偵察衛星を盛んに打ち上げる時代、宇宙の軍事利用は当たり前に行われています。しかし、一体だれがそんな事を許可しているのか? そもそも戦争を宇宙に持ちこむな! 宇宙の軍事利用ハンターイ! と叫びたい人もいるでしょう。さてさて、その根拠や意味、今や「生活にに欠かせなくなった宇宙の軍事利用」とは?







宇宙空間を軍事利用していった人類


おそらく、世界で初めて『宇宙空間を軍事的に活用した』のは、第2次世界大戦中の1944年9月にナチス・ドイツの報復兵器2号(V2)、正式名称A4(アグリガット4)だと思われます。
イギリス本土やヨーロッパ各地を目標に占領地やドイツ本国から発射されV2は世界初の弾道ミサイルで、その弾道頂点は高度80kmの熱圏下部(地球大気圏上層)と低かったものの、当時としては宇宙から降って来るに等しいロケットでした。

本格的に宇宙空間へ進出していったのは戦後のことで、アメリカを中心とした西側、旧ソ連を中心とした東側でドイツから捕獲したV2ロケットやその改良型で開発を続行。
ドイツ同様に『超長距離砲兵』として使うにはあまりにも非効率的で、最初は観測以外に何に使ったものか見当もつかない状態だったものの、やがて小型大威力の核弾頭が登場すると、戦争どころか人類の行く末さえ左右しかねない『戦略兵器』に発展します。

さらには互いに核ミサイルをはじめとした軍事力を監視するための偵察衛星、軍事行動を優位にするため通信衛星、位置測定衛星(GPS衛星)、気象衛星などが続々発展していき、少しでも大型高性能の衛星や核弾頭を打ち上げるため、ロケットも発達しました。

過去の自動車や飛行機など運搬手段がそうだったように、兵器を運べるなら他の物も運べるというわけで、民生用、あるいは軍民共用、あるいは純粋に学術目的の衛星も多数打ち上げられるようになり、現在では民間宇宙会社による月旅行まで企画されています。
いわば「将来の戦争で勝つため頑張って軍備拡張していたら、気がつけば人類文化をとても便利にしていた」のが宇宙を軍事利用した結果です。

その中で日本は「ほとんど軍事利用を伴わず宇宙開発技術を開発させた数少ない国」ではありますが、裏を返せば打ち上げ実績を稼げない高コスト体質を強いられて、宇宙産業の中では非常に不利な立場に立たされていたのもまた事実でした。

宇宙の軍事利用制限『宇宙条約』

それでは人類が今まで、軍拡競争の勢いのまま無秩序に宇宙開発を続けて来たのかといえば、そうではありません。
1950年代後半より人工衛星の打ち上げが始まり、将来どのようなスピードでどこまで人類が宇宙進出していくのか予想もつかない「技術の爆発的加速」が始まった時、国連加盟国を中心に慌てて制定されたのが1967年の『宇宙条約』です。

その後に制定された条約も含め『国際宇宙5条約』とも呼ばれる国際条約では、大雑把に言えば以下のように取り決めています。

国際宇宙5条約

・宇宙や天体(月や火星など地球以外の星)はどの国の領域でも無い。
・宇宙空間に大量破壊兵器を配備しない。
・地球外の天体を軍事利用しない。
・宇宙利用の結果生じた損害は、当事者の組織はどうあれ所属国が無限責任を負う。
・宇宙空間に打ち上げた物体は国連事務総長への情報提供を義務付ける。

 
宇宙開発に関わる国は、自国で人工衛星や弾道ミサイルの打ち上げ能力を持つか否かに関わらず、大抵この『国際宇宙5条約』を批准していますから、勝手なことはできませんし、無法国家のように見える北朝鮮ですら条約に批准して取り決めを守っているのです。

制限されているのに軍事利用していいの?


単純に『宇宙での軍事利用は制限されています』という事実のみ頭に入れただけだと、「アレレ、それじゃ各国の核ミサイルや軍事衛星は何なの条約違反だから罰していいんじゃないの?」と思ってしまうかもしれませんが、よく見てください。

軍事利用してはいけないのは『地球外の天体』であって、『宇宙空間』にあらず。

そして偵察衛星や軍用、あるいは軍民両用の人工衛星には核弾頭など大量破壊兵器は搭載されていません(現実がどうかは不明ですが、少なくとも公式にはそうなっています)。

ICBM(大陸間弾道弾)などの核弾頭搭載型弾道ミサイルは、宇宙空間を『通過』するだけで、『配備』はされていないわけです。

つまり、少なくとも公式には各国とも条約による制限外でのみ宇宙の軍事利用を行っており、その範囲では全く制約はありませんし、GPS衛星のように今やそれ無しでは飛行機や船、場合によっては自動車の運航すら困難になるほど民間へ開放された技術も少なくありません。

今後も宇宙条約は基本的に変わりないと思われますが、『高度に発達した民間技術がたまたま軍用にも有効だった』という形で抜け道を作る事は不可能では無く、将来的に月や火星に基地(有人か無人かは問わない)が建設された場合、軍事利用との区別が困難になる事も予想されます。

かつては割と派手に軍事利用が試みられ、結果誰もが常識を取り戻した

もっとも、割とザルとはいえ宇宙条約が有効に機能している事は、かつて各国が行った軍事利用の失敗例からも明らかです。

宇宙条約ができる前の1950年代末から1960年代初期にかけ、アメリカやソ連は「宇宙空間で核爆発を起こしたら、地球にはどのような影響があるのだろう?」と、超高高度、あるいは地球低軌道での核爆発実験を行いました。
近い将来に大気圏内核実験はおろか、地下核実験さえ制約されかねないために、その代替技術という意味合いもあったようですが、その結果は散々なものに終わります。

まず核爆発で生じる強烈な電磁波の影響が広範囲におよび、近くの人工衛星を破壊、地上まで達した電磁波で広範囲に停電や電話の障害、放射性物質の降下による健康被害など、限定的な核戦争に近い被害が実際に生じてしまいました。
これでは宇宙条約を待つまでも無く「ダメだコリャこれ以上実験なんて無理」となるわけですが、敵国上空で炸裂させる分には大きな効果を見込めそうなので、『安易な核戦争』の抑止には有効だと言えます。

また、旧ソ連が軍事宇宙ステーション『アルマース』に自衛用の23mm機関砲を搭載した事もありますが、厳しい重量制限の中でそんな使いにくい物を積むよりもっと有益な物があるだろう(例えば優れた観測・通信設備)と一例のみに。

さらに敵の軍事衛星を破壊してしまえ! と、ASAT(衛星攻撃ミサイル)やキラー衛星が開発されたこともありますが、「よく考えたら破片によるスペースデブリ(宇宙ゴミ)が増えて、軌道そのものが誰にとっても危険なものになる」と、今はどの国も開発していません。

結果的には、「宇宙から落ちてきたものを撃ち落とすのはともかく、宇宙そのもので何かを好んで破壊してゴミや落下物を増やしても危ない」ということで、宇宙条約で定められた以上に軍事利用は自粛されているのが実態です。

極地である限り、滅多な事で軍事利用はされない見通し

宇宙と同じく軍事利用が制約され、国際的な条約で定められた以上に自粛されている場所の代表が南極ですが、両者に共通するのは「あまりに極地すぎて戦争どころじゃないよ!」ということ。
極地における勝ち負けとは国家や組織の勝敗より「自分が生きるか死ぬか、余裕があるなら誰かを助けるか」といった点に集約されますし、運び込める物資の大半は戦争より何より生命の維持が優先になります。

その状況が変わらない限りは「戦争してる場合じゃない」のは当然のことで、将来に渡っても例えばテラフォーミング(地球型惑星のように居住可能にする環境改造)に成功するか、地球型惑星への移住でもしない限りは他の天体で戦争をする事も無いでしょう。

あるいはとてつもなく高度な技術を身につけた『優れた宇宙人』でも現れれば別かもしれませんが、その時どうするかは『スター・トレック』でも見ながらゆっくり考えればいいかと思います。

菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。
撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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