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2018/09/7

菅野 直人

アルゼンチン・ブラジル・チリの戦艦群「南米ABC建艦競争」

海軍力を増強し、国力を誇示するだけでなく仮想敵国に対して軍事力優越を図る建艦競争。メジャーなところでは第1次世界大戦後の日本、アメリカ、イギリス、フランス、イタリアなどによる主要先進国によるものが有名で、日本も最新鋭の戦艦8隻、巡洋戦艦8隻による『八八艦隊計画』がありましたが、実は南米のABC3国(アルゼンチン・ブラジル・チリ)も激しい建艦競争をしており、分不相応な海軍力を持っていました。







何故こんなところで建艦競争が? アルゼンチン・ブラジル・チリのABC3国

戦争とは世界各地の利権や資源を巡って強国同士が争う世界大戦レベルもあれば、それら強国を後ろ盾に持つ国同士が闘う代理戦争など、様々な形を取りつつ大抵は大国の思惑が絡んできます。
中にはそうした大国の思惑とは無関係に、地域の国境がどうした、アッチの部族だの国民が気に食わないだのという不毛な理由で地域紛争を起こしたり、戦争まで行かなくとも「いざという時のために」強力な軍備を備える事も。

そういう国は大抵どこかの小さな国同士の対立だったりしますが、そのもっとも大規模なものが南米の3大国家、アルゼンチン・ブラジル・チリの『南米ABC』でしょう。

かつてスペインやポルトガルの植民地だった南米ですが、19世紀はじめに相次いで独立、その中でも大国となったのがABC3国。
各国が独立した南米はその後、ブラジル・アルゼンチン・ウルグアイ三国同盟がパラグアイと戦った『パラグアイ戦争(1864-1870)』や、チリとボリビア・ペルー連合軍が戦った『太平洋戦争(1879-1884)』などいくつかの戦争を経て今の形に落ち着くのにABC3国が大きな役割を果たしました。

南米の領域がそれなりに確定してくると、ABC3国は互いに戦うというより軍事力の整備で南米以外から大国が影響力を行使するのを抑えるため手を組む傾向が強まり、それぞれが主導権を握るため軍事力を整備することになります。
目的が目的なので海軍力の整備は不可欠で、20世紀はじめに『戦艦』が海上戦力の王者だった時代には、国力から考えれば目を見張るほどの最新鋭戦艦を保有するようになりました。

とはいえ3国とも工業力は弱体なのでいずれも海外発注、護衛の巡洋艦や駆逐艦まで揃えて大艦隊を建造するわけでも無いため、列強大国のような外洋海軍は志向せずあくまで沿岸海軍に留まりましたが、それだけに戦艦など主力艦の存在が際立ったのです。

ブラジルから始まったド級戦艦、超ド級戦艦の時代

19世紀末の南米では、ブラジルが帝政打倒と現在の共和制に至るまでの内乱続きで疲弊していたものの、アルゼンチンとチリの軍拡競争は盛んであり、互いに戦艦や装甲巡洋艦など主力艦を含む建艦競争を繰り広げていました。
とはいえ自国で建造する能力を持たない両国ともイギリスやイタリアなどに注文していたため、それら大国からコントロールする余地があり、イギリスの仲介によって20世紀に入る頃には一応軍拡は落ち着きます。

一方、共和制が落ち着いたブラジルでは気が付けば内乱が続く内に海軍がすっかり旧式化してしまい、アルゼンチンやチリの海軍に対抗できる戦力が無いことに気がつきます。
そのためイギリスに新型戦艦を発注することにしましたが、世界で初めて多数の大口径主砲をを揃えて圧倒的な火力を実現したイギリス戦艦『ドレッドノート』の就役(1906年)によって、それまでの戦艦が建造中のものも含め一気に旧式化した事が判明します。

HMS Dreadnought 1906 H63596.jpg
By not stated – U.S. Naval Historical Center Photograph (#: NH 63596), パブリック・ドメイン, Link

ブラジルでも発注していた戦艦をドレットノートに準じた『ド級戦艦』へ変更することとして、12インチ(30.5cm)連装砲6基12門を搭載した『ミナス・ジェライス級戦艦』2隻(ミナス・ジェライス、サンパウロ)が1910年に完成しました。

E Minas Geraes 1910 altered.jpg
By Brazilian Navy – “The Brazilian Battleship “Minas Geraes””. Scientific American (New York: Munn & Co., Inc.) 102: 240. 19 March 1910. ISSN 0036-8733., パブリック・ドメイン, Link

これを見たアルゼンチンとチリも、自分たちの海軍力が数はともかく質的には旧式そのものなのを認識、アルゼンチンはアメリカに12インチ連装砲6基12門搭載のド級戦艦『リバダビア級』(リバダビア、モレノ)を発注し、1914~1915年に完成させます。

戦艦リバダビア
By Bain News Service – This image is available from the United States Library of Congress‘s Prints and Photographs division under the digital ID ggbain.14781.
This tag does not indicate the copyright status of the attached work. A normal copyright tag is still required. See Commons:Licensing for more information., パブリック・ドメイン, Link

チリに至ってはド級戦艦よりさらに強力な主砲を搭載した『超ド級戦艦』の時代が到来したのを見て、14インチ(35.6cm)連装砲5基10門を搭載する『アルミランテ・ラトーレ級戦艦』をイギリスに発注。
同級は第1次世界大戦の勃発でイギリスに接収、または買収されて1番艦『アルミランテ・ラトーレ』のみが1920年に返還されて、ようやく就役しました。

HMS Canada IWM SP 1938.jpg
By Surgeon Oscar Parkes –
This is photograph SP 1938 from the collections of the Imperial War Museums (collection no. 1900-01)
, パブリック・ドメイン, Link

先にミナス・ジェライス級戦艦を就役させていたブラジルも、これらに対抗して12インチ連装砲7基14門(ド級、超ド級戦艦の中では主砲の門数が世界最多)の『リオデジャネイロ』を発注しますが、これも第1次世界大戦の勃発でイギリス戦艦『エジンコート』として完成します。

HMS Agincourt H89142.jpg
By Lieutenant Commander P.W. Yeatman, USN (Retired). – http://www.history.navy.mil/photos/sh-fornv/uk/uksh-a/aginct14.htm, パブリック・ドメイン, Link

戦間期に巡洋艦で優位に立つアルゼンチン、役立たずの金食い虫だった戦艦

ABC3国の戦艦建造(発注)競争は第1次世界大戦の勃発により、実際に戦争をしている国で1隻でも多くの戦艦が求められたという事実から自然休止し、当初中立国だったアメリカで建造されていたアルゼンチンのリバダビア級を除き、いずれも引き渡されなかったり、戦後の就役となりました。

しかも、第1次世界大戦後の世界不況の波は南米にも押し寄せたので各国とも金のかかる戦艦を建造している場合ではなくなり、南米で就役した戦艦は1920年のチリ海軍『アルミランテ・ラトーレ』が最後となります。
ブラジルなど『リオデジャネイロ(イギリス海軍『エジンコート』として就役中)』をイギリスが改めて売却しようとしたところ、財政困難により拒否したほどで、ABC3国の軍拡はこれで終わるようにも見えました。

それどころか戦艦の維持費で国庫が圧迫されるほどで、アルゼンチン海軍が巡洋艦3隻、駆逐艦12隻を整備してどうにか南米最大の海軍国となったものの、ブラジルとチリはそれぞれの戦艦に延命改修を加えたほかは、駆逐艦や潜水艦など数隻の整備がやっとという状態。

しかも3国とも第2次世界大戦(1939-1945)ではほとんど役割を果たさず戦艦を派遣したわけでも無かったので、第2次世界大戦後に巡洋艦や駆逐艦、軽空母など余剰艦艇が安価に購入できるようになると各国の主力艦の活動は不活発となり、以下の通り1960年頃までに退役していきました。

【ブラジル海軍】

戦艦ミナス・ジェライス:1952年退役
戦艦サンパウロ:1947年状態悪化により練習艦へ。1951年退役


【アルゼンチン海軍】

戦艦リバダビア:1957年退役
戦艦モレノ:1949年退役
巡洋艦ベインティシンコ・デ・マヨ:1960年退役
巡洋艦アルミランテ・ブラウン:1961年退役
巡洋艦ラ・アルヘンティーナ:1947年退役


【チリ海軍】

戦艦アルミランテ・ラトーレ:1958年退役

第2次世界大戦後、空母と巡洋艦の時代

時代遅れな割に維持費ばかりかかる戦艦をあきらめたABC3国ですが、第2次世界大戦後はより小回りが効いて扱いやすく、大型化で外洋航海性能にも優れるようになって維持費も安価、戦争が終わって余っているので購入も安価な駆逐艦が主力となります。
それでも戦艦ほどまでいかずとも主力艦と呼べる軍艦は欲しかったようで、各国とも第2次世界大戦型の巡洋艦や、軽空母を保有するようになりました。

1950年代以降20世紀末までに南米ABCが保有した新たな『主力艦』は以下。

【ブラジル海軍】

軽空母ミナス・ジェライス:旧イギリス軽空母ヴェンジャンス。1956年購入2001年退役
巡洋艦バホーゾ:旧米軽巡洋艦フィラデルフィア。1951年購入1973年退役
巡洋艦タマンダーレ:旧米軽巡洋艦セントルイス。1951年購入1976年退役


【アルゼンチン海軍】

軽空母インデペンデンシア:旧イギリス軽空母ウォリアー。1958年購入1971年退役
軽空母ベインティシンコ・デ。マヨ:旧イギリス軽空母ヴェネラブル→旧オランダ軽空母カレル・ドールマン。1969年購入1997年退役
巡洋艦ヘネラル・ベルグラーノ:旧米軽巡洋艦フェニックス。1951年購入1982年戦没
巡洋艦ヌエベ・デ・フリオ:旧米軽巡洋艦ボイス。1951年購入1978年退役


【チリ海軍】

巡洋艦オイギンズ:旧米軽巡洋艦ブルックリン。1951年購入1991年退役
巡洋艦プラット:旧米軽巡洋艦ナッシュビル。1951年購入練習艦となって後1982年退役
巡洋艦ラトーレ:旧スウェーデン巡洋艦イェータ・レヨン。1971年購入1984年退役

 
1951年にアメリカから一斉に巡洋艦が売却されるなど、妙なところで統一性があるのは偶然ではなく、ABC3国がアメリカとの相互防衛条約に基づき供給されたものです。

このうち1990年代末までにもっとも活発だったのはフォークランド紛争(1982年)でイギリスと戦ったアルゼンチンで、軽空母『ベインティシンコ・デ・マヨ』の機動部隊を出撃させています。
その結果、イギリス原潜コンカラーに巡洋艦『ヘネラル・ベルグラーノ』を撃沈されて20世紀ABC3国の主力艦の中では唯一の戦没艦となるとともに、護衛の駆逐艦など総合戦力の伴わない海軍がいかに脆弱かを示しました。

なお、チリ海軍も空母を保有したい以降はあったものの実現せずにスウェーデンから巡洋艦を追加購入していますが、なぜかペルー海軍がなぜかそれに対抗してオランダからデ・ロイテル級巡洋艦2隻を購入、うち1隻の『アルミランテ・グラウ』が2017年9月まで現役にありました。

南米最後の『巡洋艦以上の水上戦闘艦艇』は、実はABC3国ではなくペルー海軍が保有していたのです。

ブラジル空母『サンパウロ』の退役でABC3国艦隊は終わるのか

なぜか乱入したペルー海軍の巡洋艦2隻はともかく、ABC3国の海軍は20世紀後半の財政悪化でいずれも維持が難しくなり、ほとんどが21世紀を待たずに退役しました。

一番活発だったように見えるアルゼンチン海軍でさえ、軽空母『ベインティシンコ・デ・マヨ』が購入時からの機関不調を克服できず、フォークランド紛争後にディーゼル機関への換装を試みたものの、結局予算が無いため退役。

唯一、景気の良かった新興国としてBRICs(ブラジル・ロシア・インド・中国)の一翼を担ったブラジルだけが、対潜哨戒機やヘリのみ搭載する対潜空母だったミナス・ジェライスを改装してA-4スカイホークを搭載する汎用空母化に成功。

その後同艦の後継艦としてフランスから空母クレマンソーを購入、スカイホークを運用する汎用空母『サンパウロ』として2000年に就役させ、南米で初の中型以上の空母となりますが、2000年代後半の不況で維持のための予算が出せなくなり、2017年に退役してしまいました。

ブラジル海軍ではイギリス海軍を退役したヘリコプター揚陸艦『オーシャン』を2018年1月に購入して『アトランティコ』として命名、再就役させる予定ですが同艦には固定翼艦載機の運用能力は無いため、ブラジル海軍の洋上航空兵力は大きく制限される見通しです。

アルゼンチン、チリ両海軍からも既に駆逐艦やフリゲート艦以上の艦艇は無くなっているため、もはやABC3国がかつての『南米大海軍』の姿を取り戻す事はもう無いでしょう。

ブラジルだけは新型空母を保有したいという意見が根強く、空軍で採用した新型戦闘機サーブJAS39『グリペン』の艦載機型『シーグリペン』に興味を持っているとされ、母艦航空隊もまだ維持していますが、よほどの好景気に恵まれなければ無理な相談です。
かくして、かつては戦艦や巡洋艦をズラリと揃えた南米大海軍は、思い出という水平線の彼方へ消えていったのでした。

菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。
撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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