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2018/05/30

菅野 直人

激しく揺れ動いた北朝鮮問題の1ヶ月、まさに「一寸先は闇」

歴史を作る瞬間」に立ち会っている……北朝鮮問題は今まさに、何らかの「結末」に向けて突っ走っているように見えます。南北首脳会談での著しい融和ムードと、その後半月ほどの蜜月期間、そして北朝鮮の豹変と米トランプ大統領のゲームを楽しむような駆け引き、そしてまさかの「再び南北首脳会談が行われた」という事後報告と、一度は決裂したかに見えた米朝首脳会談の復活。「危機と融和が一晩で入れ替わる」まさに歴史の転換点なのかもしれません。







歴史的エンターテイナー、金 正恩 委員長

2018 inter-Korean summit 07.jpg
By Ministry of Unification, Republic of Korea – http://www.unikorea.go.kr/upload/editUpload/20180427/2018042714531508079.jpg, KOGL, Link

4月27日に行われた南北首脳会談はまさに『衝撃』でした。

北朝鮮の金 正恩(キム ジョンウン)委員長と韓国の文 在寅(ムン ジェイン)大統領が板門店で手を握り、まずは金委員長が韓国側に歩いて一歩踏み出し「初めて歩いて韓国に入った北朝鮮指導者」になります。
さらに、文大統領が「次は韓国側がそうする番ですね?」と言うと、金委員長は「今やればいいじゃないですか?」と、手をつないだまま2人で北朝鮮側へ、そしてまた韓国側へ。

政治ショー』の演出としてはあまりにも生々しく、2人ともどこまで本気なのかと目を疑いたくなる光景でしたが、そこには大きな意味がありました。

北朝鮮と韓国は朝鮮戦争が未だ終結せず休戦ラインと非武装地帯で隔てられているが、それ自体は単なる一本の線に過ぎず、互いがその気になれば簡単にまたげるものである。』
つまり物理的な距離や障害は無いに等しいことをよく表した象徴的な出来事でしたが、これが後でさらに大きな出来事のキッカケとなります。

その後の会談も金委員長が好きなタバコを我慢し、「せっかく遠くから持ってきたこの平壌冷麺を……あ、隣国なのに遠くからとか言っちゃいけませんねアハハ!」と、1人ボケツッコミで周囲を笑わせるなど、まさにエンターテイナー。
人民を弾圧して富を搾り取る悪辣非道な独裁者……というイメージは、休戦ラインを超えれば一転して「何か面白い人」に切り替わるという、まるで若手芸人のような扱いに変わったのです。

これを意図的にやっているならエンターテイナーとしての実力は相当なものですが、それを必要とされるのは芸能人とは限りません。そう、芸能人出身の政治家は数多く、中にはアメリカ大統領までのし上がった例もあります。

中朝首脳会談など『飛び回る独裁者』とイリューシンIL-62

ロシア政府のIl-62MK
By Dmitriy Pichuginhttp://www2.airliners.net/photo/Russia-State-Transport/Ilyushin-Il-62MK/1318428/L/, GFDL 1.2, Link

2018年4月の南北首脳会談は、要約すれば「これからいろいろあるけど、とにかく朝鮮戦争を終わらせて、今後は南北仲良くしよう!」という内容の『板門店宣言』を出して、一応の成功を見ました。

一応というのは、内容そのものは単にこれまで繰り返されてきた提案の再確認に過ぎなかったことで、具体的な中身は無く、この宣言だけでは大した前進ともならないからです。

実際、その時点で具体的に何が変わったかと言えば、南北双方が互いにスピーカーで相手に行っていた宣伝放送をやめたくらいでした。
しかし、韓国の文大統領はこれでとりあえずホッとしたのか、米朝首脳会談は間違いなく行なわれるであろうことと、日本に対してさえ「金委員長は(拉致問題について)日本は何で直接行ってこないのと言ってましたよ。」と、明るい顔を見せます。

しかしここから忙しかったのは金委員長で、5月7日には突然中国の大連を訪問、電撃的な中朝首脳会談を行いました。
その内容は南北首脳会談ほど具体的に明らかにはなりませんでしたが、驚かれたのは金委員長が北朝鮮の政府専用機、旧ソ連製のイリューシンIL-62で訪問したことです。

父、故 金 正日(キム ジョンイル)は『大の飛行機嫌いで有名』であり、北朝鮮の指導者が飛行機で移動するということは長らく無く、中国を訪問するにしても専用列車で長時間揺られて行くのが常。
その後を継いだ金 正恩 委員長も当初はその方針を踏襲していたため、IL-62を使ったことは本当に驚かれたのです。

これは『世代交代』も印象づけましたが、何より「歴史の転換点にあって、悠長に列車の旅などやっていられない」という、金委員長の積極的姿勢が伺えます。

6月12日の米朝首脳会談決定、そして演習と反発

そうした一連の動きの中でも米韓合同軍事演習『フォールイーグル』などは、平昌冬季オリンピックとパラリンピックの終了を待って開始、約1ヶ月間の日程でしたが南北首脳会談中は休止、米空母は参加せず規模も縮小するなど一定の配慮を行いました。
南北首脳会談でも金委員長が「米韓合同演習は理解する」と表明するなど過激な反発は無かったのです。

5月10日にはアメリカのトランプ大統領が『6月12日にシンガポールで米朝首脳会談を行う』と決定。
翌11日に航空機が中心の米艦合同演習『マックス・サンダー』が始まってからも北朝鮮の反発は特にありませんでしたが、5月16日に事態は突然急転を告げます。

米国からの核廃絶要求は受け入れられないその空軍演習もウチにケンカを売っているのか?』
今日予定していた南北閣僚級会談も中止だ!』

突然、北朝鮮のKCNA(朝鮮中央通信)が報じたのです。
あの南北首脳会談から20日間ほどの融和は何だったのか、中国に行ったら何か焚き付けられてきたんじゃないのか,だからやっぱり北朝鮮は……と、誰もが疑心暗鬼に陥ります。

北朝鮮はさらに、ジョン・ボルトン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が提唱していた「リビア方式」(アメリカ主導で北朝鮮が核兵器を廃止し、その終了を確認して初めて経済制裁を解除)にも反発。
5月21日には「アメリカを手玉に取るべきではない」と北朝鮮を牽制した、アメリカのペンス副大統領に対し、北朝鮮の崔 善姫(チェ ソンヒ)外務次官が「アメリカは我々と会談するか核兵器で対決するか、どちらかを選べ!」と、とんでもない事を言い出します。

ああ、やっぱり北朝鮮だね、いつもの北朝鮮だよ、平常運転だよと、メディアも『最初からわかっていた』とばかりに記事を連発。
しかし今までが今までですから、メディアの反応も無理は無く、何より「いやそれは違う」とはちょっと言いにくい雰囲気がありました。

トランプ大統領の切り札『最後通牒』と、駆け回る南北首脳

そして5月24日、ついにトランプ大統領も堪忍袋の緒が切れます。

核兵器ならウチの戦力は圧倒的だし、ちょっと考え直した方がいいんじゃないかなキミ達拘束していたアメリカ人を帰してくれたことには礼を言うけど、どうやら今は米朝首脳会談どころでは無いようなので、やめよう。』

と、アメリカから首脳会談の中止を通告したのです。
それも北朝鮮が海外からのメディアを招いた核実験場爆破(ただし、確認できたのは入り口や地上施設のみ)を行った後、24日午後の発表でした。

アメリカからの『通告文』は内容こそ丁寧でしたが、最後に「やっぱり会談したいというなら考えるよ?」という一文が無ければ、『アメリカからの最後通牒そのもの』です。
これにはさすがに北朝鮮も慌てたようで、とりあえず「我が国(北朝鮮)としても残念だしかし我が国もアメリカが話し合いたいというなら否定しない。」と返答したものの、これではまるで某巨大掲示板の「オウム返し荒らし」レベルで、全く内容を伴いません。

しかし、そこで重要だったのは、従来の北朝鮮ならそこで一発。
これでアメリカの侵略が明らかになった我が国は無慈悲な一撃で敵を火の海にするであろう!』と激しく挑発するところ、それを全く行わなかったことです。
あれ? いつもの北朝鮮じゃないぞ? とここで気づいた人もいたかもしれません。

そして26日、驚きのニュースが世界を駆け回りました。
南北首脳会談が“行われた”
……は!? と思った人が多かったのではないでしょうか。

これは金委員長が「形を整えている場合じゃないから、とにかく会おう」と文大統領を板門店に呼び出し、北朝鮮側の施設で緊急会談を行ったものです。

4月の南北首脳会談で明らかになったように、両国がその気になれば物理的障害は全く無く、両国の代表が『隣町の親戚に電話して緊急親族会議を開くように』電撃的な会談が可能になっているという事実は、今までの朝鮮半島にありませんでした。
この瞬間、『北朝鮮と韓国という、近くて遠い国の壁』は、なし崩し的に崩壊したのです。

というより、両者のフットワークの軽さを見る限り、もしかすると非公式な首脳会談は今ままでも行われていたのかもしれません。

甦る米朝首脳会談、全てはトランプ大統領に託された……のか?

ここで金委員長から文大統領へ『トランプ大統領への仲介』が依頼されたようで、ほどなくトランプ大統領は「予定通り6月12日にシンガポールで米朝首脳会談を行っても構わない中止いやいや予定はまだ生きている。」と言い出しました。

慌てたのはホワイトハウスの高官たちで、一度中止したものをもう一度とは無理だ、いやそういうわけにもいかないからとにかくセッティングをもう一度……と慌てて駆け回っています。
何しろシンガポールでは米朝首脳会談中止が決まるまで両国の高官や職員、世界中のメディアの予約でホテルや会場の予約が埋まり、それが中止、いややっぱりやる、と二転三転するのですから大困惑。

部長の機嫌に振り回される哀れな宴会幹事ではあるまいし、しまいにはニューヨーク・タイムズ紙まで米政府高官の情報として「6月12日は不可能」と報じます。

1人涼しい顔をして「いや、やるから大丈夫!」と言っているのはトランプ大統領で、彼がやるというからには、アメリカ、北朝鮮、韓国、中国、シンガポールと関係各国はどうにかせねばなりません。
誰もが『そういえばドナルド・トランプ氏はアメリカ大統領だった、と思い出す瞬間』でした。

ちなみに、韓国や北朝鮮、中国の反応はともかく、アメリカ側からの発表は時差の関係で大抵は日本時間の深夜から未明にかけて行われます。
そのため、規則正しい昼型生活をしている人にとっては、『朝のニュースを見てビックリ』という事態が、しばらく続く可能性があり、あまり健康に良くありません。

トランプ大統領が『世界最大の影響力を持つ国家元首』であり、金委員長も文大統領も、さらに経済政策で締め上げられている中国の習近平総書記ですらも、その顔色を無視できないという事実に、誰もが気づき始めています。
しかし、トランプ大統領の手腕いかんで、たとえ束の間でも平和が実現するのか、戦争になるのか、あるいは全く異なる第3の道があるのか、正直なところ全く予想がつきません。

この記事を執筆している瞬間(2018年5月28日19時)でさえ、数時間後にはどうなっているのかわからない、この1ヶ月の北朝鮮情勢を巡る変転は、それほど激しいものでした。

ひとつだけ気になる『金委員長の指導力』と、まさかの『転身説』

ちなみに一点のみ引っかかるところがあります。

金委員長が前面に出る場面、2度にわたる南北首脳会談などでは、ひたすら「明るく建設的で未来のありそうな」イメージがあり、詳細が明らかにならなかった中朝首脳会談ですら、飛行機を使うことで『新時代の到来』を予感させました。

ただし、金委員長が前面に出ず、外務次官や党高官など金委員長以外の北朝鮮首脳部が出すコメントは、『相も変わらぬ北朝鮮』とかなりイメージの乖離があり、一時はクーデター説すら流れたほどです。
その事から、金委員長とそれ以外の高官との間での意思疎通、つまり指導力発揮がうまくいっていないのではないか、金委員長が何を言っても実務者レベルでは実現されず、結果的にリップサービスに留まる可能性もあります。

幸いにして、弾道ミサイルを含む北朝鮮人民軍の陸海空部隊による『軍事的挑発』は全く確認されていないので、軍部だけは掌握されているようにも思えますが、『新時代の到来を望まない勢力』が北朝鮮国内にいることは否定できません。

その理由として想像されるのは、『新時代において不利益をこうむる勢力の存在』であり、もしかすると金委員長はそうして勢力を生むほど、韓国とかなり踏み込んだ合意に達している、あるいは達しようとしている可能性もあります。

予想されうる範囲でその最大のものは『韓国と民主的手段による合併』ですが、仮にそこまで考えているとすれば、現在のパフォーマンスも全て『新たな国家の民主的な選挙で選ばれた政治家、金 正恩 氏 の誕生』を見据えたもの、とは考え過ぎでしょうか?



トランプ大統領も型破りですが、金 正恩もまた、金正日(父)や金日成(祖父・キム イルソン)ではないのです。


菅野 直人

物心付いた時には小遣いで「丸」や「世界の艦船」など軍事情報誌ばかり買い漁り、中学時代には夏休みの課題で「日本本土防空戦」をテーマに提出していた、永遠のミリオタ少年。
撤退戦や敗戦の混乱が大好物で、戦史や兵器そのものも好きだが、その時代背景や「どうしてこうなった」という要因を考察するのが趣味。

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